佐高信・山崎行太郎「曽野綾子大批判」(K&Kプレス)
私は曽野綾子が新聞や雑誌を見て世相を批評する文章が好きだから、いつの間にかそんな本がたくさんたまっている。ちょっと辛口のおばさんが、変な思想に凝り固まった意見とは違う、まっとうなことを言っているように感じている。
ところが曽野綾子はしばしば批判されている。意外な人が曽野綾子を嫌っていることを明らかにした文章を散見することがある。多分理由があるのだろうけれどあまりよく分からない。そこでこの本が目についたので買って読んでみた。正直な話、私は佐高信という人が嫌いである。むかし多少彼の本を読んだこともあるけれど、肌合いが合わないと感じていた。テレビでたまに見ても、ものの言い方に品がないと感じる。
対談相手の山崎行太郎という人はほとんど知らない。そういえばこの本でも取り上げられている彼の「保守論壇亡国論」というのはもしかしたら読んだような気もするが記憶が確かではない。
好きな作家がけなされているのを読むのはあまり気持ちの良いものではないが、自分の気がついていないことを発見できるかも知れないという思いもある。
彼らが特に曽野綾子を非難しているのは、沖縄の集団自決が軍部による強制であったかどうか、についての曽野綾子の文章である。この件は沖縄の基地反対闘争に政治的に参画していた大江健三郎が大々的に取り上げていたのを、曽野綾子が現地に行って聞き取りを行い検証したものだ。曽野綾子は聞き取りの結果に基づき、軍部の強制はなかったという立場である。そしてそのことを大江健三郎に伝え、自分で検証したのか、と質問している。それに対して大江健三郎は検証しなくても事実は事実だ、と答えている。
大江健三郎のこの件に関して書いた文章を曽野綾子は強く批判したのだが、問題はその大江健三郎の文章の意味をいささか取り違えたために逆に批判されることになってしまったところにある。それを突いたのが山崎行太郎である。さらに曽野綾子の現地調査そのものがずさんであり、しかも論拠としている自決事件の現場にいたとされる人物の手記そのものが戦後だいぶ立ってから改竄されたものだ、と言う点を問題にしている。
その集団自決事件のときの責任者の家族が名誉回復を求めて裁判を起こしたが、その不備のために訴えは却下された。
このことを曽野綾子にしつこく問いただし続けているが、曽野綾子はそれに答えない、逃げている、と言うのが二人の批判である。
そして曽野綾子を現在の保守の論壇の代表者と見なし、保守は劣化した、となじる。
私の感想としては、曽野綾子も粗忽なところがあったのかも知れないという気はする。しかし彼女は彼女なりに自分で確認したことを元に自分の意見を述べていて、その確認の中に不備があって引っ込みがつかない、ということだろう。その一事をもって彼女を全否定をして、人格否定に近い非難を浴びせる二人の姿勢は、私にはいささか常軌を逸しているように見える。無視されたのが腹に据えかねた、と言うところだろうが、曽野綾子としては鬱陶しいから相手にしない、と言うことだろうと思う。
この件はだいぶ前からの論争なので、このことから曽野綾子を嫌っている人が増えた、ということがあるかも知れない。
しかし曽野綾子を保守論壇の代表と見なす、と言うのもずいぶん一方的な見方ではないか。曽野綾子は一作家で評論家ではない。その曽野綾子の瑕疵をもって保守論壇の劣化とはいささか的外れではないだろうか。
彼らの闘ったら自分が傷つく相手と命がけで論争する、嫌われるだけに終わる相手とは論争しない、と言う表明と、実際にやっていることとの乖離が大きいような気がするのはこちらに偏見があるからだろうか。
題名に「批判」ではなくで「大批判」としているのもいかがわしい。本の表紙の写真を見てもらえばこの色使いはいささか品がない。
「下品?意地が悪い?大いに結構!」と怪気炎を上げているが、二人がうさんくさいという印象だけが残った。
山崎行太郎は繰り返し繰り返し「ひりひりするような生き方」と言う。それは大学教授や作家ををしながら評論を行うという二足のわらじでは真の評論はできない、ということのようで、自分は退路を断って評論していることをそういう言い方をしているのだが、何、どこからもお呼びがかからないからひがんでいるのではないか、と思わせるのが笑える。
佐高信はしきりに江藤淳に敬意を表していることを語り、対談したことを自慢していて、巻末にその対談を掲載している。しかし江藤淳もここまで担ぎ出されては、あんなやつと対談なんかしなければ良かった、と草葉の陰で苦虫をかみつぶしているだろう。
ちょっと言葉が走ったが、このブログを読むとは思えないから、まさか私も批判の対象になったりはしないだろう。それこそ命がけで論争する相手ではない。
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