早坂暁「花へんろ風信帖」(新潮社)
著者の早坂暁は、私のもっとも愛するテレビドラマ「夢千代日記」の原作者である。「花へんろ」も彼の原作のテレビドラマだ。ちなみに、「風信帖」といえば風の便りというところだろうが、普通は空海の最高傑作と言われる「風信帖」という最澄に宛てた手紙のことを指す。高校のときにこの書を臨書したことがある。王羲之の「蘭亭序」に比されるほどのすばらしい書だ。王羲之の真筆はほとんど残っていないが、空海のものは残っていることもすばらしいことだ。しかしこれは本文とは関係ない。
この本は著者のいままでの生き様を背景に置いた上で、日々の出会いや巡り会いの中に感じたことを書いたエッセイ集である。そして著者の生き様というのが淡々と書かれているけれどもかなりドラマチックである。いや、ドラマよりも実際の人生の方がはるかにドラマチックなのが当たり前なので、うつくしい光景を見て、画のようだ、というのと同じように倒錯しているかも知れない。
一つ一つの話がそれだけで物語になるような中身の濃いものだが、特に妹が広島で被爆してなくなったことが書かれている文章は強く印象に残った。妹は広島に住んでいたのではない。防府の海軍兵学校の分校にいる早坂暁にたまたま会いに来て奇禍に遭ったのだ。その妹の遺体を探しに八月二十三日に広島の惨状の中をさまよう著者の姿を想像すると言葉がない。
著者が生まれ育ったのは愛媛県の北条町という、いまは松山市に編入された町で、四国札所巡りのお遍路さんが家の前を行き交うところだ。大きな商家であったからお遍路さんが立ち寄れば休ませてお米を渡す。多いときには一日合わせて一斗も渡したというから、いまでは考えられない話だ。そして子づれのお遍路さんが行き暮れてやむなく軒先に子供を置いていくこともあったという。
その子供を引き取り、家族のように育てていると大抵は半年くらいのあいだの後には親が尋ねてきて感謝して子供とともに去るのだという。そうしてただ一人親が来なかったためにそのまま家族として育てた娘がいた。多分旅先で親は亡くなったのであろうか。春に置き去られていたので春子と名付けられ、著者と兄妹として育った。
「兄にどうしても話したいことがある」と言って家を出て松山から広島にやって来た春子。いったい何が話したかったのか。
この妹が何を言いたかったのか、そして早坂暁が妹をどう思っていたのか、これは断片的に他の文章の中で語られている。
これが「夢千代日記」に結果する著者の原点であろうか。哀切きわまりなく、原爆というものの不条理さを痛烈に考えさせる。
渥美清との精神的な交流など、紹介したい話があふれているが切りがないからここまでとする。
« 藤原智美「暴走老人!」(文藝春秋) | トップページ | 馬渕睦夫「「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!」(WAC) »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『あめりか物語』(2025.03.18)
- 読み飛ばせない(2025.03.17)
- 『鷗外 闘う家長』(2025.03.15)
- 読書備忘録(2025.03.10)
- 『私の「死の準備」』(2025.03.06)
« 藤原智美「暴走老人!」(文藝春秋) | トップページ | 馬渕睦夫「「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!」(WAC) »
コメント