線を引かない
デジタル書籍があたりまえになって紙の本がなくなってしまう、などといわれる。レコードがたちまちCDに変わってしまったようなことが起こるのだろうか。
読書論の本が好きで(そもそも本が好きで)ある。読書論や書評を語る人はそもそも本好きで、しかも人間業とは思えないほどたくさんの本を読む。だからみなその蔵書が膨大になってスペースの確保に苦労している。本を購入するためと蔵書のスペースの確保にかかる費用を捻出するために書評の本を出しているようなところもある。
その苦労話は、しかしその苦労が実は楽しくて、多少自慢話めいているのは何となく分かる気がする。
昨日から老母の介護で実家に帰っている。毎回本を抱えて帰る。決まったことをやるほかは時間がたっぷりあるから、ひたすら本を読むのだ。今回は読書に関する本が10冊ほど、他は宮部みゆきや梨木香歩の本など。
前回は新書とSFが中心だった。全部読めるわけではないが何が読みたくなるか分からない。
話が戻るが、読書に関する本を読むと、多くの人が本に線を引いているようだ。その本のポイントをあとで見直すとき、それを手がかりにするためだ。
私は本に線が引けない。そもそも本のページを折ったり出来ないし、端が何カ所も折れて本がふくれていたりするのを見るとぞっとする。だから付箋をつけたりしおりを挟むのがせいぜいで、これはやり過ぎると本がやはりふくらんでみっともない。
古本として処分するためにきれいなままにしておきたいという気持ちもないではないが、そうして処分するのは読み捨てにする本ばかりなので線など引く必要もなく、たいていきれいなままだ。
ブログに読んだ本のことを書くために、読んだあともう一度見直したりするが、ニワトリ頭のためにもう何がどこにあったのか忘れていて、困ることも多い。そもそも覚えていない。そんなとき線が引いてあれば見やすいのだろうけれどどうしてもそれが出来ないでいた。
思い切って傷めても惜しくない本に線を引いてみた。
確かに見やすい。ううう、しかしどうもいけない。何十年もやらないでいたことは抵抗がありすぎる。やはり私は本に線は引かない。
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