朝鮮日報のコラムが、月刊誌「文藝春秋」に掲載された論文、「日本の自殺」を引き合いに出して今の韓国の現状を憂えている。この論文は1975年に発表された。後にこの表題でいくつかの論文を集めた本が文藝春秋から出版された。著者は知識人グループの「グループ1984年」。これはオーウェルの「1984年」というディストピア(暗い未来)国家を描いた小説をもじっている。私はこの単行本の方を読んだ。読んで衝撃を受け、かなり右旋回したことを覚えている。
朝鮮日報のコラムニストは、この論文が最近朝日新聞で取り上げられて再び話題になっている、と伝えている。このコラムニストはリアルタイムでこの論文を読んだことがあるのか、それとも朝日新聞が取り上げた記事で知ったのか分からない。私にはこの論文を朝日新聞が取り上げたことこそ意外な気がする(かなり右翼的なので)が、その記事を見ていないので、どういう取り上げ方をしたのか知らない。
この論文では「古今東西のさまざまな文明について調べたところ、どこの国も『外的要因』ではなく『内部の要因』が原因で自ら崩壊したという結論を下した。彼ら(著者のグループ)はこの『国家による自殺』に共通する要因を『利己主義』と『ポピュリズム(大衆迎合)』と結論づけた。国民が目の前のわずかな利益ばかりを追い求め、国の支配層がそれに迎合したとき、その国は滅びの道を進むというのだ」と書かれているとコラムニストは言う。
もちろん文明の崩壊は外的要因ではなく内部の要因で起こるというのは「グループ1984年」が発見したことではなく、すでに近代の歴史家が繰り返し唱えていることだ。文明の崩壊を国家の崩壊に適用して、その原因となりそうなものを提示して見せたのがこの論文の骨子である。
コラムニストは論文を引用しながら自分のことばで韓国という国を憂える。
ローマ帝国が衰えたのは「一般大衆が権利ばかりを主張し、エリートが大衆の機嫌を取るためこれに迎合すると、その社会は自殺のコースを突き進むようになる。ローマも活力を失った『福祉国家』と怠慢な『レジャー社会』に変質し、衰退の道を進んだ」、「これはローマに限った話ではない。これまで人類歴史に出現したすべての国や文明はいずれも同じような原因で自滅していった」。
ここでコラムニストは本論に入る。今回の公務員年金改革についての与野党の合意と破棄の茶番劇を批難するのだ。
「改革に取り組むそぶりはしていたものの、実際、公務員年金が破綻に向かう構造的な要因には一切手をつけなかった。どう考えても実現不可能な約束を行い、そのポピュリズムは行くところまで行った。野党は国益よりも公務員集団を擁護し、与党がこれに迎合したのだ」。
「国家自殺の兆候は、実はさまざまな分野で目にすることが出来る。『行政首都移転』という甘言に惑わされ、その悪影響を知りながら世宗市を作り上げたことや、天文学的な費用がかかるだけで、たいした意味もないセウォル号引き揚げを決めたこともそうだ。福祉や保育の無償化が、逆に庶民のための政策に悪影響を及ぼすことを知り、またすでにそれを目の当たりにしているのに、それでも無償化を叫ぶ。ある集団の利益が国全体の利益よりも重要視され、将来を犠牲にして今楽をしようとするわがまま、あるいは駄々をこねることが完全に当たり前の社会になってしまったのだ」
「今われわれが本当に心配すべきは日本の右傾化でも、また中国の膨張でもない。病理を知りながらこれを治癒する能力を失った問題解決力の喪失の方が深刻な問題だ。自分の考えも力も失った『亡兆』の国は、相手にやられる前に自ら滅んでいく。国の自殺に警鐘を鳴らした40年前の日本の知識人たちのことばが、今のわれわれに恐ろしいほどリアルに迫ってくる」
なんだか韓国のことを言っているのに、日本のことを言っているように思えてくる。
そもそも民主主義とその選挙制度は大衆迎合的になりやすい。税金を減らせ、福祉を増やせ、と相反することを国民の声であるとみなして、ついに日本の赤字は1000兆円を超えた。財政改善が簡単にできると国民に約束して民主党は政権を取ったが、ほとんど改善されずに不景気をひどくした。不景気で税収が減ればさらに財政は悪化する。
共産党や社民党は、そもそもいまの日本の国など滅んでも構わないと思っているのではないかというような党だから論外だが、民主党の言うことが最近ほとんど同じようであることにあきれてしまう。「みんなが豊かになる社会」などというありえない幻想を捨てて、本当に困っている人がなるべくいないような社会をつくる、という程度の目標で良いのではないか。そのほうが国に活力が戻りそうな気がするが。
ちなみに「1984年」という小説は国家管理が究極まで進んだ全体主義(ファシズム)国家が、見えない敵を打倒するというプロパガンダで国民を支配する、という小説だ。
なんだか今の中国みたいな国なのだが、その中国の習近平主席が「日本はファシズム国家」だ、と叫んでいる。この手法こそが「1984年」的で笑ってしまう。
また朝鮮半島は、古くから士大夫階級が国を支配するという構造を続けてきて、一般庶民と士大夫階級には厳然と階級差のある社会であった。その違いは漢字を読めるかどうかと言うことでもあった。文書はすべて漢字のみであったからそれが読めるかどうかが支配階級とそれ以外を分けていた。だから漢字を廃止するというのは階級差をなくすという意味もあったのだろう。
ところが士大夫階級はそのまま残ってしまった。その代表が政治家であり、マスコミであり、学者たちである。彼らの支配構造は岩盤である。ここが韓国の最大の問題点なのではないかと言われるし、私もそう思っているけれど、韓国国民がどこまでそのことに気がついているのかどうか。
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