降りるタイミング
勝負をしているときに一番大事なことは、降りるタイミングだという。これはギャンブルだけの話ではない。
営業という仕事をしていたとき、他社と競合することが日常的にあった。その競合に勝つことが営業の仕事だ。だから勝つために価格競争もしばしば起きる。また得意先に都合の良い条件を呑むかどうか迫られることもある。そんなときに競合相手と果てしないたたき合いに巻き込まれてしまいそうになる。
ここで冷静に事態を見直すことができるかどうか。一時的な損失が生じても中長期的に得られるものがある、という自信があれば一歩踏み込む。その判断が会社に説明できるものであることは当然必要な要件だ。
しばしば相手が熱くなって引っ込みがつかなくなることも多い。そんなとき、私はある意味でチャンスだと思った。ギリギリ競争の限界を超えるところまで引っ張っておいて、サッと引く。競合相手は勝負に勝ったと思って鼻高々である。
しかしその結果は、ただ相手の会社の不利益だけが残ることをこちらは見越している。自社の利益が得られないなら相手の利益を減少させ、体力を削ぐ。冷たいやり方だが、これが営業という世界だ。もちろんその判断の責任は、自分が引き受ける覚悟がなければできないことだ。
東南アジアをはじめ、世界各国で日本と中国は援助合戦をしているが、もちろんそれはその国に対する経済進出を目的としている。経済活動と援助がセットになっていることが多い。
たとえば鉄道関連などではレールの敷設工事や車両納入、関連インフラの工事、そして運行システムの納入などが期待できる。日本は従来から、ものを納入するが、実際の工事の従事者や、その後のメンテナンスについては相手国に委ねる、という方式をとってきた。それが結果的にその国の発展に寄与する、と考えていたからだ(善意的に解釈する)。
ところが今中国のやり方はサービスの大盤振る舞いで、後のメンテナンスや事故の補償まで丸抱えで引き受ける、という条件を提示することが多い。日本がそれに追随しようとすると中国はさらに良い条件をつけたりする。
中国にとって経済性は二の次、相手国に対して自分の国の影響力を増大させることが優先されているから、多少の持ち出しは安いと考えている節がある。本気で勝負したら勝てるわけがない。
しかしそのことは結果的に相手国を甘えさせ、発展の機会を摘むことになるのではないか。それを思えば日本も多少の持ち出しを覚悟して勝負をすることもあって仕方がない。
そうしてどこで降りるかを冷静に見極めれば良いのだ。中国も無尽蔵に援助し続けられるわけではない。経済が右肩下がりになれば無理もできなくなるし、そもそも中国が相手国と交わした約束を本当に守るのか、信用できないところもある。
できない約束をすれば、約束は守りきれない。約束を守らなければ信用を失う。その領域に中国は踏み込もうとしているのではないか。中国は日本に対して熱くなりすぎているように見える。
実際に中国べったりだった東南アジアの一部の国々で、中国離れが始まっているように見えるのはその現れだろう。
今、日本は中国との熾烈な勝負を続けているが、その判断を過たないように期待したい。うまく降りて相手に負担を押しつける手もある。戦いに敗れても、負けた、負けた、と表面だけ見て批難しないようにしたいと思っている。
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