とりとめのないこと
ドライブ旅行していると、とりとめのないことを考える。
たとえば山陽道を走っていて、和気(わけ)という地名を見れば、和気清麻呂はここの出身ではないか、と思う。和気清麻呂と言えば、あの弓削の道鏡に皇位を譲るという託宣の確認を女帝から命じられて、その託宣は偽であるとして否定したために、分部汚麻呂(わけべのきたなまろ)などと改名させられて九州の鹿児島の方に流された。のち女帝が崩御して道鏡も失脚したから皇室も事なきを得、清麻呂も復権した。皇室の危機であったのだ。後で調べたら和気清麻呂はやはり和気の出身だった。
しばらく行くと吉備という地名がある。吉備と言えば吉備真備の里のはずだ。これは知識として知っている。阿倍仲麻呂たちと遣唐使として唐に渡り、阿倍仲麻呂は二度と日本には帰れなかったが、吉備真備は無事帰国して高官になった。少年向けの阿倍仲麻呂の伝記を子供の頃読んだが、吉備真備のことはあまりいい性格で書かれていなかった。それが多少頭に偏見として残っている。和気清麻呂とほぼ同時代のはずで、故郷が近いことから互いの交流はなかったのだろうか。実は和気清麻呂も一緒に遣唐使船に乗ったような気がしていたけれど、和気清麻呂は唐には行っていないようだ。
吉備と言えば上田秋成の「雨月物語」に「吉備津の釜」という話がある。あの磯良という不幸な女性の怨霊の怖さを思いだした。祝福されない結婚はたたるのだ。雨月物語をもう一度読み返してみたくなった(帰ってから「吉備津の釜」だけ読んだ)。
ところで吉備津の釜の神事は盟神探湯(くがたち)となにか関係があるのだろうか。同じ熱湯を使うけれど、占うものは違う。しかしなにか関係があるのかもしれない。吉備津の釜の神事にしても密教的な要素を感じるけれど、もしかして吉備真備が唐から持ち込んだ儀式と言うことはないだろうか・・・。
もっともっと関連したことを次々に連想するのだけれど、連想した尻から忘れるのでとりとめがない。たまたまこのことを息子と酒の席で話したのでかろうじて覚えている。
何人かの方のブログをほとんど毎日楽しみに拝見している。ところがこの頃更新が途切れがちな人が増えているのが残念だ。なかなか読み続けたくなるようなブログを探すのは面倒で、あらたなブログをほとんどお気に入りに追加していないけれど、そろそろ少し探索してみようかと思っている。
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コメント
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素晴らしい旅を楽しませていただいております。
瀧の美しさ,石の面白さ堪能しました。
それにもまして貴方様の知識の広さには驚嘆させられます。
投稿: おキヨ | 2015年6月20日 (土) 11時48分
おキヨ様
過分なことば、恐縮です。
浅薄な知識ばかりです。
それをもっと深化して関連づけたいという思いはありますが、それには残された時間が足りません。
若いときの不勉強を悔いるばかりです。
なるべく何事にも好奇心を持続させようと心がけるばかりです。
投稿: OKCHAN | 2015年6月20日 (土) 12時43分