たびごころ
先日の鉄道・絶景の旅は三時間のスペシャル版「奥の細道 絶景列車紀行」だった。東北本線をたどり、小牛田から陸羽東線、そして陸羽西線を経由して酒田までの旅だ。鳴子の尿前の関や、最上川舟下りで知られる古口は、しばしば立ち寄るので自分の故郷を歩くようであった。父の出身はこの古口から最上川の支流を山の中に入った肘折温泉の近くである。
「船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎うる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす」と芭蕉は記している。人生が旅であることにおいては昔も今も変わりはない。われわれは「日々旅を栖と」している。人生の旅を実感するために私はときどき旅に出かける。男は旅立つ者なのだ。「女は港、男は船よ」である。
芭蕉の旅は予定の立つような旅ではないし、宿に予約して泊まるようなものでもない。尿前の関から出羽の国に入るときには、そもそも用のない人間が入国することを咎められてなかなか関を通してもらえなかったという。
それに較べれば車での旅はエアコンも効いて快適な旅である。それこそ旅と呼ぶには値しないのかもしれない。それでも我が家をひとたび出れば、それは「旅」なのだ。
門を出ずれば我も行人秋のくれ
花にくれて我家遠き野道哉
ともに蕪村の句。芭蕉が遠方に旅したのとは違い、蕪村は近場にいて旅を思った。心は旅の空にあったのだ。
時間が取れたら今度は東北へ行こう。
旅ではないが今日からまた母の介護手伝いでしばらく名古屋から千葉の実家に行く。
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