思い出す
弟が父や母の若い頃のことやその親類について知らないことが多いというので、先日酒を飲みながら思い出話をした。するとそれを書いたものに残して欲しいと言われた。
試しに書き出すと次々にいろいろなことが思い出されてとりとめがない。私が書いたものが我が家の歴史になってしまうけれど、しかし他人に見せるものではないからいいだろう。多少の記憶違いがあっても今となってはとがめるものもない。
まだ書き出したばかりだが、当たり前に日々暮らしていると特に目新しいことなど何もないつもりでいたけれど、振り返ってみればそれなりに盛りだくさんだったことが分かる。
そういえば時期違いだけれど「いろいろなこと思い出す桜かな」という句があったなあ。
昨日、義弟(妹の夫)の母親の葬式があった。92歳と高齢でもあり、ガンで療養中でもあったから身内はみな覚悟していたことだが、さすがに花をぎっしりと敷き詰めていざ棺を覆うということになると、姪(妹の娘)たちもハンカチを目に当てていた。
故人にもいろいろな歴史が山ほどあったのだろう。そのことが記録に残されるかどうかは知らない。しかしそれぞれの参列者の記憶の中に残されたものは確かにある。高齢者の葬儀には高齢者の参列者が多い。その高齢者もやがて退場し、記憶は薄れ忘却の彼方に消えていく。
それでいいのだ、と思った。私は葬式など大げさにする必要がないと思っている。自分の葬式は自分がするわけではないからどうでもいいけれど、では自分の親の葬式を粗末にできるかというとなかなかそうはいかない。葬式は死んだ人のためというよりも残されたもののためにするものだからだ。
母の具合は一進一退。午後になると高熱が出て座薬の解熱剤で平熱に戻している状態だ。こうして体力が削がれていく。
高熱の原因の検査結果がまだなので、医師も入院するかどうか決めかねているようだ。訪問看護師に聞くと、在宅介護ではしばしばあることで、今まで平穏に来られたことがめずらしいことでした、という。医師や看護師がばたばたしないのを見るとこちらも安心できる。
それを見て昨晩名古屋に帰った。夜の雨中の運転はこわい。こわいと思えば慎重になるので夜半に無事到着。案外疲れなかった。
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