評価する
最近はあまりしないけれど、若いときは自分の映画ベストテンを良く作った。手帳にもその記録がいくつか残っている。そのリストにいつも載る映画と、入れ替わる映画がある。新しい映画を観ればランク変更があることは当然だ。
ただ、よく見ると映画そのものの出来の良さでベストテンを決めているわけではない。あくまで自分がその映画でどれだけ感情を揺さぶられたかで決めている。だからそのときの気持ちのありようや経験してきたことがおおきく影響している。年齢でもランキングが変わるのだ。
映画を観ても見落としていることが多い。ほとんど見落としているのかも知れない。映画評論家の書いたものなどを見ると、自分の表面的で浅い見方を知らされる。
読書でも同じだ。本は読者に対するメッセージだ。それなのに私は書かれていることのほんのわずかしか受け取っていない。そのことは読書家の書いた評論を読むと思い知らされる。
それは絵画を見てもそうだ。もちろん音楽でも。表現されたものは、受け取る側の能力でずいぶん違って見えるものなのだろう。
絶対音感というのがあるが、あるしっかりとした座標軸があれば、それを基準に物事の評価をすることが出来る。その座標軸を確立するためにはおびただしい数の作品を集中して真剣に見ることが必要なのだろうと想像する。自分と作品との距離感がぶれなくなるまでその世界のそれぞれの作品を位置づけできるようにならなければならない。
およそ私の可能なことではない。プロの仕事とはそういうものなのだろう。もちろんそれは理想であって、それを達成することは人知を越えているのかも知れないが、その理想を持たなかったり、見失っているのは真の批評家とは言えない。
私は残念ながらその能力がないからそういう職業を選ぶことがなかったので、観た映画や読んだ本の話を気楽にぶれまくった視点から書き散らしている。
だから私の話はあくまで、私にはそう見えましたよ!というもので、同じものを見たり読んだりしたらそこから私が見えるかも知れない、と言うようなものだ。たびたび書いているように、つまり自己紹介なのである。
とりたてて書くほどではないことをだらだら書いた。
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