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2015年9月 5日 (土)

養老孟司「文系の壁」(PHP新書)

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 理系とか文系とかいう。確かに理科系が得意な人と文化系が得意な人という違いはあるかもしれない。しかし、どちらかというと理科系が苦手だから文系、文化系に価値を感じられないから理系、という面が大きいような気がする。

 かくいう私は工学部という理科系の大学を出ているが、文化系に親和性が高くて、理系というより文系だろうと思っている。母方が理科系ばかりで、父方が典型的な文化系だ。高校の時に、将来を考えれば理科系で行く方がよさそうだと思って理科系を選んだ。実は語学が大の苦手(父は語学系の専門学校を出て、青春時代は中国で暮らし、中国語が得意で、英語の教師だったのに)だったので、文化系は無理だというのが大きい。

 文系とか理系という壁を軽々と乗り越えている賢人たち四人と養老孟司が個別にテーマを決めて対談している。それぞれのテーマはとても重要で興味深いもので、そのテーマについて認識が必ず深まることだろう。

 その内容は、私のつたないまとめ方を見るよりは、読んでもらう方がずっと好いと思う。

 それよりも、わざわざ「文系の壁」と表題にしていることの意味を考えてみた。これは文系に壁があって、理系の人がそれを苦手にするということとは違う。逆である。文系の人は自分が文系である、という壁を繞らせていることが多い。そのために、理系の思考様式で社会を捉えるということができないことが多い。

「理系の対話で人間社会をとらえ直す」というこの本の副題がそれを示している。

 理系の人は文系が苦手、ということをあまりいわない。文系の人に、しばしば顔をしかめて理系が全く理解できない、というひとがいるのは誰でもうなずくことだろう。

 そもそもそんな壁などないのだ。そもそも人文科学も社会科学も自然科学もみんな同じ哲学という学問から派生している。できればオールラウンドに目配りが出来れば良いけれど、なかなか難しい。

 壁はあると思うからそこに生ずる。著者の一世を風靡した「バカの壁」という本の意味はそこにあると私は思っている。世の中に「バカの壁」は数々あって、私もそれに陥ることも多いけれど、それは外的な存在ではなく、自分の内部にあることを知り、乗り越える努力が必要なこともあるのではないか(無理なことが多いけれど)。   
 世の中、案外知らなかったものにこそ面白いものがあるものだ。

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