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2015年9月19日 (土)

阿川弘之「青葉の翳り」(講談社 文芸文庫)

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 短編がいくつか収められているが、特に表題の「青葉の翳り」について述べたい。

 この小説を女性はどう感じるのだろうか。この小説に感情移入できるのだろうか。男にしかわからない小説のように思うのは、わたしが女性について知らなすぎるからだろうか。

 海軍の将校であった主人公の牧野は、中年を過ぎ、戦争からずいぶん歳月が過ぎて、父を亡くし、母を喪って以来ふるさとに帰ることもなかった。その父母の墓を移すため、久方ぶりにふるさとの広島にやってくる。いままで墓参りにすら来ていないのだ。

 この中で、自分の少年時代、そして戦争時代、さらに母が死んで帰郷したとき、そして現在、さらに未来の、自分が老年になってからがオーバーラップして語られていく。

 読んでいるわたしは、主人公である彼にとって未来の視点から読んでいる。

 男でないと分からないのではないか、というのは、実際に戦地に赴いて戦う者か否かの違いを言っている。もちろんわたしは戦争に行ったことはないけれど、戦争は、自らを戦地に送られて命をその場にさらすものとして見る。

 現代は、戦争は兵士も市民も無差別だが、この小説で語られている戦争はそうではない。特に海軍はそうだろう。それにどんな違いがあるというのか、と言われてしまえばその違いはわかる人にしかわからないような気がする。

 この小説で戦争自体はほとんど描かれていない。しかし主人公の牧野の背景をそれが影のように覆っている。

 彼が見ている世界がまるでわたし自身が見ているように現前する。ここまで感情移入して小説を読んだのは久しぶりだ。

 巻末の解説で得心したが、阿川弘之の小説は私小説のようで実はそうではない。そのことの意味は、彼が敬愛し、師事した志賀直哉と似ているかも知れない。自分のことを書きながら、いわゆる私小説を越えている。だからわたしがこうして感情移入できるのだろう。

 志賀直哉と阿川弘之が似ているなどと今まで考えたこともなかったが、この小説を読んで初めてそんな気がした。

 久方ぶりに帰郷した彼のために同窓会が開かれる。その場での彼の違和感はわたし自身も小学校の同窓会で強く感じたことに似ていた。初恋の人との挿話は時の流れを強く感じさせる。同窓会とはそういうものなのかも知れない。

 とりとめのない文章になってしまったので、この小説を読んでいない人には何のことやら分からないものになった。多分わたしだけの受け取り方で、他の人は全く違うのかも知れない。

 阿川弘之が先日亡くなって、気になって仕方がない。いままでエッセイばかりを主に読んできたが、小説を少し読み直してみようかと思っている。

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コメント

私も先日、阿川弘之の〔大人の見識〕という本を読みました。

戦争時代の、一般人にはあまり知られていない事実や、当時の日本では唯一英国並みのユーモアー精神を持っていたのは海軍だったこと、東条英機は〔やることがみみっちい〕話や、昭和天皇の知られざる気質、文豪たちの事、その他今は度忘れしましたが、これらのことを90代の芳醇な枯れの味わいをもって描かれています。
青葉の翳り読みたいですね。

おキヨ様
読んだら感想を聞かせてください。
それほど長い話ではありません。

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