養老孟司「養老訓」(新潮社)
2007年、著者が70歳になったのを記念して発刊された本で、再読。今度の方が、最初のときよりわたしも歳をとっているから書いてあることにシンクロしやすかった。
最近の年寄りはキレやすくなっているといわれるが、たしかにそれを目の当たりにすることもしばしばあって実感している。それがなぜなのか、この本を読んでいてぼんやりとわかったような気がする。
以下はわたしがぼんやり考えていることで本文とはあんまり関係がない。
年寄りは盆栽か土いじりをするものだった。歳とともに自然に接する機会を増やし、人間社会という観念の世界とは距離を置くようにしたものだ。
自分の人生なんてこんなものか、となんとなく達観していればそれほど腹も立たないだろうに、みんな欲張りすぎなのではないか。マスコミや有識者は年寄りに将来の不安を吹き込みすぎている。年寄りが貯め込んで使わない金が世の中の金の流れを悪くしている。オレオレ詐欺に騙された金の高額であることに驚くが、それほどの金が年寄りに抱え込まれているのだろう。
子供の世話にはならない、と強がりをいっているのも、自分が親の世話をしたくないことの言い換えだっただけで、歳をとれば最後は誰かの世話になるしかない。そのときのための蓄えのつもりなのだろうか。
不安を抱えて生きる人生は楽しくない。だからお金は必要だけれど、使い切れないほど持てば却って不安の原因になる。そこそこ、ほどほどで好いのだと思えば気は楽だ。万一のことばかり考えても空しい。万一の時は成り行きにまかせるしかないとあきらめればいいのだ。
人は必ず死ぬ。それをだんだん受け入れられるように、せいぜい一日一日を楽しく生きればいいのだ。知っているのだけれど、解っていないのかなあ。
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