遺品
母の四十九日のために、一昨日千葉の実家に帰っていた。渋滞に事故が重なり、とんでもなく時間がかかって、疲労困憊した。御殿場から海老名の先までの数十キロを平均時速20K~30Kで走らされたのだ。事故が合計で七件もあった。豊田インターや岡崎での小さな事故を含めて御殿場インターあたり、足柄SAあたり、鮎沢PAあたり、大井松田インター手前で2カ所と、その事故の多さは異常である。よほどぼんやりしている人が多いのか。
連休でトラックが少ない代わりに、ふだん運転しない人が繰り出しているからだとはわかっているし、渋滞の原因が自分にもあることは承知している。しかし今回こちらはちゃんと用事があるのだ。
昨日はわが家の墓のある寺で四十九日の法要。兄弟とその子供や孫だけ集合し、他の親類は呼ばない。法要のあと、母の遺骨を納骨した。六十年以上ともに暮らした父と母は、父の死後四年の別離のあと、今回めでたくまた一緒になった。
帰りに精進落としの会食をした。主催者である弟が挨拶して、わたしが献杯の音頭をとる。食べきれないほどのボリュームのある料理を食べながらみんなで談笑、昼間から酒を飲む。
夜、母の遺品などをわたしと弟妹で簡単に確認、形見分け、というほどのものはそれほどないのでさっぱりしたものだ。父母はその点、見事に身の始末をした。わたしは自分用の和服と布団を一組か二組ひきとることにしたが、今回は本をまとめて(それでもほんの一部のみ)持ち帰るので、次回以降に持ち帰ることにする。
遺産については、わたしは一切関与せずに弟たちのものとすることを通知してあるので、その旨の書類をあとで渡すことにする。妹もそれは一応了解しているはずだ。それに妹の嫁ぎ先の母親も六月に死んで遺産が妹の旦那に残されているので、その整理でいまは大わらわだそうだ。古い家が残されているので建て直す(いままでは別居で借家住まい)つもりだと義弟が言っていた。
どこの家も世代交代が進んでいるのだ。
今朝は早めに千葉を出立、さいわいたいした渋滞にも遭遇せず、昼前にはわが家に無事帰着した。本を持ち帰っても、さてどこへ収納するか。わたしの本の始末はまとめて古本屋に頼むように息子には伝えてある。一応頼む古本屋も当てがあるが、さほどの金にはならないだろう。本以外はたいしたものがないから、わたしも始末はさっぱりしたものとなるはずだ。わたしの子どもたちに残す遺産は、人に頼らず、人のせいにせず、自分の力で生きていく力だけだ。
« 古谷経衡「左翼も右翼もウソばかり」(新潮新書) | トップページ | WOWOWドラマ「石の繭」 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 食道楽(2025.12.05)
- おコメ券とはなんぞや(2025.12.05)
- 菌健在(2025.12.03)
- 肩が少し軽くなった(2025.12.04)
- 降られなければよいが(2025.12.03)


こんばんは。
近親者だけでお母様を囲み和やかな一時、なによりでしたね。。
お疲れ様でした(^^)
投稿: 藤子 | 2015年9月23日 (水) 20時38分
藤子様
弟の孫たち、つまり亡母のひ孫たちがにぎやかでした。
何よりの手向けだったと思います。
弟の娘(わたしの姪)も臨月のおなかを抱えて参加しています。
投稿: OKCHAN | 2015年9月23日 (水) 21時09分
ご苦労さまでした
私も後期高齢者になったので身辺整理を始めています
残されても始末に困るもの
転勤するたびにもらった感謝状
もういらないとお断りしているのに持ってくる長年会長を・・・の感謝状
先日 すべて廃棄しました
投稿: イッペイ | 2015年9月24日 (木) 09時32分
イッペイ様
歳をとると残りの人生で使い切れないようなものがいつの間にかたまっています。
それなのにまたあらたになにかを買い込んだりして、いつまで生きているつもりなのかと思います。
家は広すぎない方がよさそうです。
置く場所がありませんから。
投稿: OKCHAN | 2015年9月24日 (木) 13時06分