江藤淳「幼年時代」(文藝春秋)
文字通り、この作品が江藤淳の絶筆である。江藤淳なんて知らない、と云う人が多いのだろうなあ。
1932年(昭和7年)生まれの江藤淳は、1999年(平成11年)愛妻の死後一年で自裁した。六十六才。驚愕した。驚愕したけれどそれもありか、と思った。
この本の前半は表題の作品で、後半は(弟子であった)福田和也、吉本隆明、石原慎太郎の追悼文。特に石原慎太郎の追悼文は胸に来る。
思うところがあって久しぶりに読み直したのだが、われわれが、つまり日本が失ったものの大きさをあらためて実感した。
できれば「幼年時代」の本分の、プロローグの部分を引用したい所だが、やめておく。
江藤淳はいかにも右派の論客のようにみなされているが、世にはびこる右派とは画然と違う。その違いをうまく説明できないことがもどかしい。
論文「閉ざされた言語空間--占領軍の検閲と戦後日本」を私は苦労して読んだ。苦労して読むことの面倒を乗り越えて、読むことの意味を感じるというよろこびを知った初めての経験だったかも知れない。言論の自由とはなにか、それを知ることができたと思っている。だからマスコミの言葉狩りに強い危惧を感じることができる。
「幼年時代」は幼くして喪った母を想う著者が、いろいろ残されたものから自分の幼年時代を回顧する、という体裁だが、深読みすれば、母との別れはそのまま癌で死んだ愛妻との別れの哀しみとオーバーラップする。
残されたものはそこから想像するしかない。
筑摩文庫から「江藤淳コレクション」全四巻・福田和也編がでていて拾い読みしてきたが、一度腹を据えて読み直したいと思っている。
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