四十九日
明日の22日が母の四十九日なので、今日中に千葉に行く。昨晩はあまり眠れなかったのはどうしたことか。
なんだか千葉に行けばベッドで寝ている母に会えるような気がする。四十九日の法要は父の墓のある佐倉の寺で行い、済んだら母の遺骨を墓に納骨する。父と母は四年あまり別々だったがこれでまた一緒になる。
母の死後の始末は申し訳ないけれどすべて弟夫婦にまかせている。父と母はなにがしかのものを残していたと思うけれど、それについては一切関知しないと伝えてある。もしかしたら持ち出しになっているのかも知れないけれど、なにも聞かないから彼らもいわない。
明日の晩は弟と飲むことになるから、そこで一言あるかもしれない。
母の介護手伝いのためにいろいろなもの、特に本がたくさん弟のところに持ち込んである。それを持ち帰らなければならない(弟はほとんど本を読まない)けれど、一度ではとても無理だ。しかし弟のところに行くのも前のようにたびたびというわけにはいかない。もう親元ではないのだ。
弟のところの末娘がもうすぐ出産。母の生まれ変わりみたいなものか。姪は蒼井優に似ていて(わたしだけがそう思っているらしい)笑顔が可愛い。こうして人は生まれ、そして死んでいく。
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