朝日新聞経済部「ルポ 老人地獄」(文春新書)
高齢者が、蓄えがないとどのように悲惨なことになるのか、現状を知りたいと思って、怖いもの見たさでこの本を読んだ。ここには目を覆いたくなるような苦境にあえぐ人たちがこれでもか、とばかりに次々と具体的に紹介されている。それは確かに事実であろう。
「老後はブラックだ!」と帯に大書されている。憂鬱なブルーではなく、真っ暗なブラックなのである。
どうだ、参ったか!といわれれば、参りました、と答えるしかない。
まことに日本人の老人の未来は真っ暗だ・・・ろうか。
私の周りにこんな悲惨な老人はいない。だからこんな風に老人ならだれでも悲惨だ、という論調で語られると、まてよ、という気になる。この本には私の知っているような、自分の蓄えや、家族のたすけでなんとか平穏に暮らしている人がまったく出てこないのだ。
冒頭の部分を引用する。
消費税率が五%から八%に上がり、さらに十%に上がろうとしている。増税分は介護、年金など社会保障の充実に当てるとされているが、これから深刻化する少子高齢化を考えると、今後も負担増は避けられない。私たちの負担は報われるのだろうか。そんな問題意識から、朝日新聞経済部は二〇一四年一月、「報われぬ国」という連載を始めた。
なるほど主旨は分かった。「負担は報われるのだろうか?」という「問題意識」から取材を始めたということだ。
しかし書かれていることはすべて「報われない」という事例だけである。「報われている」という事例は皆無だ。
しかし、私自身が母の寝たきり介護の手伝いを約二年近く経験している。母は、寝たきりになってしばらくして要介護4、その後要介護5の認定を受けた。ケアマネージャーと相談し、褥瘡のできにくいベッドの手配やヘルパーの依頼、訪問看護師の依頼や在宅で風呂に入れてもらうサービスを受けることができた。
母の両親が認知症で、母と父がほんとうに苦労していたのを知っている。金もかかってたいへんだった。そのときとくらべたら、今回は天国のようなものだった。介護のシステムはとても改善されている、と実感した。
妹の夫の母がやはり寝たきりで、その介護に夫婦で苦労していたけれど、それでもいろいろ介護のシステムのお陰もあり、それに対応できていた。私の母に先立って、ひと月前になくなった。介護システムがなければ悲惨なことになっただろう。
なにが言いたいのか。
世の中にはうまく機能していることと、不十分なことがある。不十分なことをどう改善するかを考えていくのが、この場合に必要なことであろう。それがすべての老人がブラックであるかのごとき決めつけをしていては、なにを改善していいのか分からなくなってしまう。
そもそも自民党政権否定、役所否定、社会システム否定を前提に取材をしたのか、それでは冒頭の問題意識とはなにか。日本は少なくとも他の国よりはるかに社会保障システムが機能していると言って良い。しかしそれが不備である部分もある。そして今のままではその不備がさらに拡大してしまう、という指摘でなければならない。
絶望だけを声高に叫ぶことでなにが生み出されるのか。社会不安だけではないか。これでは無意識のテロリズムではないか。
この本を読んでも、老人問題をどうしてらよいか、などという答えはない。日本を「老人が報われぬ国」と決めつけながら、どこの国のどんなところで「老人がこのように報われている」というのか、具体例はまったく示されない。現在が地獄だということを知らされるだけである。これでは年寄りは死ぬしかない、といっているように読めてしまう。これが朝日新聞の正義か。
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少なくとも私の周りも、悲惨な老人はいません。
慰安婦・南京事件・靖国参拝などのとりあげかたをみると朝日は問題解決より、混乱や絶望を大きくしたいのでしょうか?
ブラックな若者の比率のほうが高い気がします。
投稿: けんこう館 | 2016年1月29日 (金) 09時24分
けんこう館様
不安をあおるばかりでは、問題解決の方策は見つかりません。
問題点の列記は必要ですが、全体の中の位置づけがないと、現状が見えなくなってしまいます。
朝日新聞のそのような記事をまとめたものを文春が出版する、というのもいまの世相そのもののような気がします。
投稿: OKCHAN | 2016年1月29日 (金) 10時02分