陳舜臣「実録 アヘン戦争」(中公文庫)
本文から
たとえば高校の世界史教科書にも、アヘン戦争について、
---清国の変則的貿易形式を打破するために、イギリス商人のアヘンが焼きすてられたのを口実に、イギリスが宣戦を布告した。
といった記述がみられる。
公行のみを通じる貿易形式は、あるいは変則かもしれない。だがそれを打破するのが、戦争の主要目的で、アヘンが没収されたのは口実にすぎなかったのか?
真相はその正反対である。アヘン貿易を認めさせるのが戦争の主目的で、変則貿易形式打破のほうが、たんなる口実にすぎなかった。
貿易形式はその国の都合できめることで、外国が武力をもって干渉すべき性質のものではない。それを敢えてするのも不義の戦いであろうが、アヘンのための戦いにくらべると、まだしも不義の程度が浅い。そう考えたイギリスの「愛国的」史家が、主目的をねじまげたのである。日本の教科書の編者も、知らずにその説を採りいれたのであろうが、これははっきりさせねばならない重要なポイントである。
イギリス議会が中国へのイギリス海軍の派兵を論じたとき、賛成271票、反対262票という僅差であった。
ふたたび本文から
英国会における賛成と反対の論旨の、エッセンスともいうべき部分を、ここに抜粋して紹介しよう。
賛成演説のほうは、「おしゃべりマコウレー」の異名をもつ
トマス・バビングストン・マコウレーのそれである。
・・・エリオット氏(当時のイギリス駐清商務監督・海軍大佐)は、包囲された商館のバルコニーに、高々と英国旗を掲揚することを命じた。・・・その国旗をみれば、死に瀕した人たちの心も、たちまちよみがえった。なぜなら、それは彼らに、敗北も降伏も屈辱も知らぬ国に自分たちが属していることを想起させたからである。・・・プラッシーの原野でブラック・ホールの犠牲者の仇を討った国である。偉大な摂政が、イギリス人の名をローマ市民の名がかつてそうであった以上に、尊敬されるものにすると誓って以来、退歩することを知らなかった国である!敵に包囲され、大洋と大陸とによって、あらゆる救援の手から隔離されていたが、彼らは髪の毛一本たりとも、それに危険を加えるものは、罰せられずにはすまないことを知っていた。・・・
帝国主義的感覚のサンプルのような演説である。これに対して、保守党のジェイムズ・グラハムは、三時間にわたって、「このような不義の戦争には、たとい買っても如何なる栄光も得られない」と非難したが、ここではもう一人の反対者グラドストンの演説の一部を抜粋してみよう。
・・・その原因がかくも不正な戦争、かくも永続的に不名誉となる戦争を、わたしはかつて知らないし、読んだこともない。いまわたしと意見を異にする紳士は、広東において栄光に満ちてひるがえった英国旗について言及された。だが、その旗こそは、悪名高い禁制品の密輸を保護するためにひるがえったのである。゛んざいちゅうごくえんがんに掲揚されているようにしか、その旗がひるがえらないとすれば、われわれはまさにそれを見ただけで恐怖をおぼえ、戦慄せざるを得ないであろう。
こうしてイギリスは不義の戦争を強行し、香港を割譲させ、林則徐によって廃棄されたアヘンの代金600万ドルを賠償させた。
林則徐がこちこちの厳格主義者出あったのではないことがこの本を読めばよく分かる。イギリス側があまりにも理不尽で横暴であったのだ。それはイギリス側に経済的な理由があったのだが、それはこの理不尽の言い訳にはならない。
多分イギリスはこの調子でインドや中東でもやりたい放題をしてきたのだろう。そのツケをいま世界が払わされている。そのイギリスが、いま、中国の帝国主義的覇権主義を黙認しようとしている。これは中国に対する贖罪意識のなせるわざなどではなく、イギリスという国家の体質なのかもしれない。
陳舜臣には「小説 アヘン戦争」という3000枚の小説がある。そのあとにこの「実録 アヘン戦争」は書かれ、毎日出版文化賞を受賞している。読んでいるうちに感情が高ぶらずにはいられない本である。
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