山東民話集から、「人を食う蚊」
むかし、山の中の大きな洞穴に、一匹の大きな蚊が住み着いていた。
その蚊は、口先が一尺五寸もあり、体中に長い毛が生えていた。その上、大きな羽が二枚、小さな羽根が二枚あって、歩くのも飛ぶのも思いのままであった。
夏になると、毎晩必ずどこか一軒の家の者を食い尽くしてしまう。みんなは何とかしてこんな災難をなくしたいと知恵を絞ったが、自分から進んで蚊に近寄ろうとする者はいなかった。遠くから矢を射かけることだけは出来たが、矢が当たっても平気であった。
こうして、こっちの村もあっちの村も、次々に食い尽くされていった。
ある夜、蚊はまた新しい部落を襲って、一軒の家の者を食い尽くした。そのつぎの夜、ちょうどその部落で火事になった家があった。火の勢いが凄かったので、煙がもうもうとたちこめ、人々はみな火を消しに駆けつけた。
そこへ大きな蚊が飛んできたが、ブーンとうなり声を上げて、素早く飛び去ってしまった。みんなは、どうして蚊が部落に入ろうとしなかったのか、と議論した。ひとりの年寄りがこう言った。
「きっと、蚊は部落から立ち上る煙にむせたにちがいない」
「そうかも知れない。では、明日の晩試してみよう」
ということになった。
明くる日の夜、みんなは、乾いたたきぎと湿ったたきぎ、乾いた草と湿った草を集め、部落の中央にある脱穀場に積み上げた。日が暮れてからそれに火をつけると、煙は高く上がって、やってきた蚊は部落へ入ろうともしないで、向きを変えて飛び去った。
この話はあっという間に広まり、あたりの部落では、どこでもそのやり方をおぼえて、夜になると火をたいて煙を上がらせることにした。蚊はそれっきり部落へ来て人を喰おうとはしなくなった。
何日かたってから、部落ではまた相談が持ち上がった。
「こんなことばかりしていても、らちがあかないし、たきぎがもったいない。何とかして、焼き殺すか、いぶし殺すかできないものか」
すると、またあの年寄りが言った。
「脱穀場にぐるりとたきぎを積み上げ、まん中に紙の人形をくくりつけておく。わしらは火縄をともして持っていて、蚊がこの囲みの中に入ったら、いっせいに火をつけるのだ」
蚊は、もう五日も六日も人の血にありついていなかったから、腹を空かしきっていた。辺りが暗くなるのを待ちかねて、空高く飛び上がると、この部落で火をたいていないのが眼にとまった。
部落の上へ来てブンブン飛び回ってみたが、みんなは姿を隠してしまい、人っ子ひとり見当たらない。そのうちに、脱穀場にくくりつけられた紙の人形をみつけて、すぐさま襲いかかった。
着物をはぎ取って血を吸おうとしたとき、四方からいっせいに煙が立ち上った。その煙にいぶされて蚊は倒れてしまった。
銅鑼が打ち鳴らされ、人々は、年寄りも子どもも、それぞれたきぎを抱えていって、脱穀場に放り投げた。折からの強い風にあおられて、火はパチパチと燃え上がり、大きな蚊はひとたまりもなく焼き殺された。
あくる日になると、あちこちの村から、この大きな蚊をながめに来た。その夜、この大きな蚊の身体に、そっくりの形をした小さな蚊が何匹か止まっていた。
あの年寄りは、
「この小さな蚊もたきぎで焼き殺して、一気に根絶やしにしなければだめだ」
と言った。
ところが何人かの人が、
「なにも焼き殺すことはあるまい。こんなに小さな蚊が人を食うものか」
と言った。
みんなも小さな蚊だからと高をくくって、焼き殺す手間を怠った。そんなわけで、蚊は現在までも生き残り、夏になると現れて人をさし、煙にいぶされるのを嫌うのである。
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