これから結婚しようという男に贈る教訓的子噺
実家に持っていった本を読み終わってしまったので、棚にあった伊丹十三のエッセイを読んでいる。その中から子噺を一つ。
新婚旅行に出た花嫁花婿が、今日はお天気がいいから、というので馬に乗って、連れ立って散歩に出かけた。花婿の馬が先に立ってぽくぽくと林の中を歩いてゆくうち、花嫁を乗せた馬が低い枝の下を通ったものだから、小さな木の枝が花嫁の額をぴしりと打った。
これを見るなり、花婿は馬からさっと降り立ち、花嫁の馬の側へつかつかと歩み寄る。そうして、馬の顔を、しばらくじっと見つめてから、
「一つ」
といった。
散歩はふたたび続けられて、やがて二人はとある河のほとりにさしかかる。
と、花嫁の馬が、今度は石につまずいて花嫁を危うく振り落とそうとする。
これを見て、花婿はただちに馬を下り、花嫁の馬につかつかと歩みより、しばらく馬の顔をまじまじと見つめてからいった。
「二つ」
散歩はふたたび開始され、やがて二人は野原の中を歩いてゆく。
と花嫁の馬の前を兎が一匹、脱兎の如く横切ったからたまりません。花嫁の馬は驚いて棒立ちになり、花嫁は、どっと落馬する。この時すでに馬を下りた花婿は、花嫁の馬に向かって、
「それで三つだ!」
と叫ぶやいなや、矢庭に懐から拳銃を抜き出して、馬の眼と眼の間を見事に射ち抜いた。
花嫁はあまりのことに茫然自失、しばらくは声も出ない風情でありましたが、やがて堰を切ったように喋り出した。
「まあ、あなたって!なんて非道い人なの!こんな可哀そうな生き物を撃ち殺すなんて!この馬になんの罪があるの!なんの罪もありゃしないじゃないの!それを撃ち殺すなんで!あなたは気違いよ!そうよ!いってあげましょうか!あなたはね!あなたはサディストよ!」
この時花婿は静に花嫁のほうを振り返り、冷たい眼差しで花嫁の顔をじっと見つめていった。
「一つ」
船越英一郎氏にはこの話を結婚する前に教えてあげたかった。
« 森本哲郎「日本語 根ほり葉ほり」(新潮社) | トップページ | 伊丹十三「女たちよ!」(文春文庫) »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『パイプのけむり』(2024.09.13)
- 戦争に当てる光(2024.09.06)
- ことばと文字(2024.09.05)
- 気持ちに波風が立つような(2024.09.02)
- 致命的欠陥(2024.09.01)
こんにちは
先日は私の読書日記を見ていただきありがとうございます。
どうもこの古市氏を見ていると「結局この人は世の中の事を知らないのでは?」
と思ってしまいます。学者としての素質は無いわけではなさそうなのですが・・・。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2016年2月 2日 (火) 14時53分
shinzei様
誰かの本で読んだのですが、10年間論文を一本も書かない大学教授がたくさんいるそうです。
多分書けないのでしょう。
忙しくて研究できないということらしいですが、本末転倒ですね。
投稿: OKCHAN | 2016年2月 2日 (火) 16時26分