西丸震哉「イバルナ人間」(中公文庫)
古い話だから実名を出しても好いだろう。学生時代、一年だけ山形で下宿したときに、四年生の松崎さんという先輩がおなじ下宿にいた。この人に囲碁を教えてもらったし、クラシックのおもしろさも教えてもらった。酒を飲みに連れて行ってもらったことはもちろんである。あまり酒が強くないから、私がすいすいのむのを見てハラハラしていた。
ワンゲルの副部長をしていて、雪の残る春の蔵王の縦走に連れて行ってもらった。彼の思惑では入部させたかったのだろうが、こちらにはその気がない。新入部員は大荷物をかつぎ、ヒイヒイ言っているが、私は部員ではないから、ほとんど手ぶらでついていく。何度か吾妻や蔵王など、あまり難しくない山についていった。
その松崎さんは、冬山に一人で行く本物の山男だった。飯豊や朝日連峰の冬山に入り、吹雪の中で三日くらいビバークしても平気であった。明るくて穏やかな性格で、その上容子もいい男だったから、部員の女子学生にもモテて、よく部屋に集まっていて私も混ざったりした。下宿の主人の高校生の娘がどういうわけか焼き餅を焼いていたものだ。
この「イバルナ人間」という本を読んでいたら、その松崎さんを思い出した。福島県のどこかの高校の先生になったはずだが、その後どうしているか知らない。
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