勇気を持った人の話
これも伊丹十三の「女たちよ!」という本の中から。
大江健三郎が徳川夢声さんに聞いたという話である。
列車の食堂で夢声さんが健三郎に話しかけた。
「大江さん、今日は一つ勇気ということについてお話ししましょう。世の中には、勇気を持った人がいる。私が、あるとき食堂車でめしを食っていると、向かい側の席に初老の紳士が腰をおろした。なにを注文するかと思って注意しておりますと、コーン・フレイクスを注文したのですな。やがてコーン・フレイクスがくる。まず、コーン・フレイクスそのもの、つまり、あの枯れ葉状のかさかさしたやつ、あれがお皿にのって出てきたわけだが、紳士は、ただちにあの枯れ葉状のやつをばりばりと食べ始めたのですな。そうして、紳士が枯れ葉をすっかり食べ終わったところへ、ウェイトレスが牛乳と砂糖を運んできた。紳士はしばらく牛乳と砂糖を見つめていたが、やがて意を決したものらしく、さらになみなみと牛乳を注ぎ、砂糖を四、五杯ふりかけると、皿を持ち上げて牛乳をごくごくと飲み干して出て行った。大江さん、世の中には、勇気を持った人がいます」
これを読んだだけでも面白いけれど、実際に徳川夢声の語り口で聞いたらもっと楽しかろうと思う。ただし、徳川夢声の声と語り口を知るのは私の世代くらいまでだろうか。
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コメント
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おはようございます
先日は私の読書エッセイを見ていただきありがとうございます。
古本を買うにしても。それがどのように人の手を渡って行って自分の手に渡っかたを想像するだけでも
少し楽しくなる自分を発見します。まさに本というのは雪の下水のように人から人へ渡っていくのだと思
います。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2016年2月 4日 (木) 07時29分
shinzei様
楽しむだけに読む本もありますし、読んで考えるための本もあります。
先日のショーペンハウエルのいう「読書」は、考えるための本のことについて書いてありましたが、考えるための本はなかなか捨てがたいと思います。
なぜならその本のほんの一部しか受け止めていないことが明かなので、もう一度読む可能性が大きいからでしょう。
書いた人より考えることはできませんから。
投稿: OKCHAN | 2016年2月 4日 (木) 07時47分