山口瞳「愛ってなに?」(新潮文庫)
著者得意の短編集。江分利満氏のシリーズとはだいぶ趣を異にした、男と女の物語集である。ある人生の一断片から、主人公とそれにかかわる人々の人生の過去と未来が、フラッシュに照らされたように浮き上がる。
ここで描かれる男と女の関係は、たぶんもう一昔前のものだろう。われわれより若い人たちにはこのような関係は理解しにくいかもしれない、などと思うけれど、実は普遍的なものなのかもしれない。何しろ物語に描かれるこのような体験はほとんどないので、よく知らないけれど、想像はできる。
男の身勝手さ、女の狡猾さ(狡猾であるくらいの賢さのある女性こそ魅力的に見えるのか)は、男と女の関係では普通のことで、ほとんど本能的、生理的なものなかもしれない。それが苦い記憶としてそれぞれに刻印されていくのが人生なのだろうか。
作家というものが、ある一瞬の情景や会話からどんな物語を空想し、創造するのか、そしてそれがどれほど読者に感情移入させるのか、その能力に敬服する。さらりと読みやすいように書いているけれど、実はおそろしいほど研ぎ澄まされた感性がそれを可能にしているのだろう。
蛇足だが、高倉健主演の映画「居酒屋兆次」の原作は、この山口瞳の「居酒屋兆次」である。
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