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2016年4月19日 (火)

養老の滝

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はるかむかしの奈良時代、美濃に親孝行の息子がいた。酒好きな父に十分な酒を飲ませたいと願いながら、貧しいために叶わずにいた。ある日山中で芳香をかぐ。そこに流れ落ちる水が、まるで酒のような匂いを放っていたのだ。その水を汲んで家へ帰り、父に飲ませると、こんなに美味い酒を飲んだことがない、と大いに喜んだ。


この話を聞いた元正天皇は、多度山に行幸し、この霊水を自ら試された。続日本紀には元正天皇のおことばとして、
「手や足を洗ったら、皮膚はつるつるになり、痛むところも治った。白髪は黒くなり、はげた髪も新しく生え、見えにくかった目も明るくなった」と書かれている。

「この水は真に老を養う若返りの水である」と讃え、その年、霊亀三年を養老元年と改元した。

その霊水は、いま養老神社に流れているが、その源流が今回訪ねた養老の滝である。

Dsc_0014 滝への道の脇の渓流。

Dsc_0016 登り口の脇に咲く花

養老の滝への道は狭い。軽でもすれ違うのが困難だろう。たびたび言うが、私は狭い道が嫌いである。ところが滝が好きだと必然的に狭い道を走ることになる。困ったことである。

名古屋へ転勤してすぐの頃にこの養老の滝へ来たのだが、そのときはこんなに狭い道ではなかった気がする。そして、滝へ行くためにずいぶん山道を歩いた覚えがあるので、もっとずっと下の方に車を置いて登ったのかも知れない。

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滝の前に滝不動尊が祀られていた。滝の周囲にはだれもいない。

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滝へ行く途中の開けたところから、濃尾平野が一望出来た。

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山には咲き残りの桜が遠望出来た。

いつかまた来たいと思っていた養老の滝を再見出来た。
しかしもう一度来たいとは思わない、道がせまいから。

このあと二カ所ほど行きたいところがある。

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コメント

養老の滝、若い社員が赤い滑走路とんで、良く入り浸っていました。
創業者は長野県の旧志賀村出身で、外食チェーンの養老の滝創業者。
山に中に信州ゴールデンキャッスルなるものを建立し 金無垢の茶釜など
展示しています。秀吉? 全国の店舗にIP網を設置したのは私です。

岳様
わたしはチェーン店が基本的に苦手で、むかしからほとんど入ることがありません。
だから申し訳ありませんが、養老の滝も入ったことがありません。
誘われると、「親の遺言で養老の滝に入るな、といわれた」と言い訳しました。
その頃はもちろん親は存命でしたけれど。

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