ブログの楽しみと舞台裏
ブログをせっせと更新しているからといって、四六時中ブログを書いているわけではない。
思いついたことをメモ帳に書いておく。読み終わった本を机の横に積んでおく。それぞれ自分の頭の中でなんとなく形になりかけたような気がしたときに、それを文章として吐き出してみる。メモは、しばしばなぜそのメモをしたのか分からなくなっているが、書き出すと思い出すこともある。このごろは時々文章の形でものを考えたりしている。
そうして一気にいくつかのブログを書いてしまう。読んだ本の話ならたいてい二、三冊一度に書く。ひとつ原稿用紙で2~4枚分くらい、これは一太郎で下書きするから、そこに表示されるので分かる。下書きするのはずいぶん昔から自分のスタイルの一太郎の書式で書くようにしてきたので、慣れていて書きやすく、読みやすいのだ。誤字などのチェックには、読みやすくないと見落としが多くなる。そこからブログにコピペするのだけれど、あとになってブログで見直したときに、見逃した間違いに気が付くことも多くてがっかりする。
なかなか自分の文章は他人の目では見れないもので、自分の考えどおりにしか読めないものだ。人の文章のアラにはすぐ気が付くのに・・・。
写真の多い旅の話は、直接ブログに書き込む。文章そのものはたいした量にならないし、その方が簡便だし、リアルタイムに書くことも多いからだ。
ひとつ10分からよほど長くて30分で書く。二つか三つ、一度に書くことが多いから、約一時間は集中する。書いたものを適当に時間を指定しておくと、定期的にブログを更新しているように見える、というわけである。
だから気分が乗らないときは、一日何も書かないときもある。でもすぐ在庫がなくなるので、けっこうせわしいことはせわしい。しかしそれをほとんど習慣にしているうちに、この日課が自分の生活の必要なリズムに繰り込まれていて、それなりに楽しくなっている。
それが重荷になったら少し休むことも考えているが、今のところ大丈夫である。それに、不思議なことに文章というのは書き始めると勝手に湧いて出てくるもので、あとで書いたものを見て、へえ、自分はこんなことを考えていたのか、などと感心することもある。それに書きながら考えると、表面的だった自分の考えが少しだけ深化したような気もする。下手な考え休むに似たり、というけれど、なにも考えないよりはいいと自己満足している。
その自己満足も、アクセスをしてくれているひとがいるからでもある。だれも読んでくれなければ、ここまでせっせと書く気持ちは持続しない。以前息子に、目線をもう少し下げた方が良いという意味の苦言をもらった。たしかに当初は上から目線で、少しえらそうだったような気がする。今も本質的に変わっていないのだろうけれど、少しはその辺を意識しているから、ことばがエスカレートしそうなときは、自重するときもある(それでもか、といわれそうだが)。
他の人のブログもほぼ毎日読むようにしている。今は二十人ほどの方に限定しているが、意見はさまざまで、ときに同意出来かねるものもあるけれど、それはお互い様で、みなセンスがあり、それぞれの人の生き方がほの見えて、継続して読み続けると短編集やエッセイ集を読んでいるような思いがする。
日記には、人に絶対読ませないつもりで書くものと、人が読むことを想定して書くものとがあるという。ブログは、人に読んでもらうことを前提にした日記でもある。いずれにしても日記の第一読者は自分である。自分で書いたものをおもしろがれるうちは、ブログを楽しみたいと思う。でもせっかくだから、たくさん読んでもらいたい気持ちももちろんある。
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コメント
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読書量の多さに驚いてます。
私の知識は、週刊誌・テレビ・ネットと、ほんの少しの本くらいです。
とりあえずは感覚で判断し、なにに違和感を感じたのか調べたり、考えたりするタイプです。
なので考えがよく変わり、いいかげんだと言われることがあります。
投稿: けんこう館 | 2016年4月13日 (水) 09時29分
いつもかなりの長文を書くエネルギーに驚いています
自分は 「どうってことない一枚」の写真と
少しのユーモアの一言に苦心しています
週2階がやっとですよ
コメントはなかなかできませんが いつも見させてもらっています
投稿: イッペイ | 2016年4月13日 (水) 09時54分
けんこう館様
私など浅読みだし、もともと本が好きなだけで読書量も知れています。
ただ、リタイアして、ブログを始めてから、読んだ本を反芻してこのように文章にする時間が持てたことはしあわせだと思います。
退職前の夢は、長期の旅をすること、本を読むこと、映画をたくさん観ること、でした。
投稿: OKCHAN | 2016年4月13日 (水) 10時42分
イッペイ様
コメントをありがとうございます。
イッペイさんの写真は良く撮れていて、いつも楽しみに拝見しています。
文章が長すぎてご迷惑をおかけします。
書き出すとひとりでに長くなってしまいます。
まとめる力、切り捨てるいさぎよさが足らないのでしょう。
それにこりずに、これからもよろしくお願いいたします。
投稿: OKCHAN | 2016年4月13日 (水) 10時50分
こんにちは。
いつもありがとうございます。
沢山のご本を読まれていつも感心しております。
私には到底まねができませんので、
有難く拝見させて頂き、まったく知らない世界?を教えて
頂いております。
私の拙いブログは日記として日ごろ感じている事や、
下手な画像を載せており、毎日更新を心がけ、ストレス解消につながっているように
思っております。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿: マコママ | 2016年4月13日 (水) 11時38分
マコママ様
コメント、ありがとうございます。
世界は人によってずいぶん違って見えるもののようで、本を読むのは違う人の眼で、違う窓から世界を見ることのように思います。
ですから他の方のブログも同じような楽しみとして拝見しています。
その窓から見える景色の違いを知ることは、その窓の持ち主を少しだけ感じることでもあるように思います。
投稿: OKCHAN | 2016年4月13日 (水) 11時49分
貴ブログを拝見するようになってから、世の中には優れた能力の方が
何気なく生活されているのだと思いました。
今や完全に貴ブログの1ファンです。
そしてやはり類いまれな読書力に平伏します。
投稿: おキヨ | 2016年4月13日 (水) 12時33分
おキヨ様
お粗末な拙ブログに過分なお言葉、感激です。
極力知ったかぶりせずに、自分が本当に感じたことを書くように、なるべく分かりやすく書くように心がけるつもりです。
それと、自分のことばなのか、他の人の受け売りなのか、それもきちんと分けたいのですが、そうすると、本当の自分のことばのあまりにわずかであることに気が付いて情けなくなります。
それでも「自分」というフィルターを通した、ということでご寛容ください。
投稿: OKCHAN | 2016年4月13日 (水) 13時39分