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2016年4月 3日 (日)

帰雲城址(かえりくもじょうし)とお小夜稲荷

御母衣ダムを過ぎれば、急勾配の道を下って平瀬温泉の横を通り、一気に白川郷に到る。156号線のこの辺りを白川街道と呼ぶ。途中に帰雲城址があるが、気が付かずに見過ごしやすい。


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帰り雲城址の石碑。由緒書きを見る。

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ここにあるとおり、巨大地震によって正面の帰雲山が大崩壊し、帰雲城とその城下集落が一瞬にして埋没した。

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帰雲山の容姿。このような崩落した様を、御母衣湖から流れ降りている庄川沿いに多数見ることができる。

帰雲城には金銀財宝があったという埋蔵金伝説があるという。

白川郷には立ち寄らず、さらに北上し、五箇山に到る。

五箇山インターのすぐ近くに菅沼集落という合掌集落がある。ここにはもちろん土産物売り場などもあるが、こじんまりしていて観光ズレしていないので、車なら是非立ち寄りたいところである。村内には車は入れないので国道沿いの、村から見れば高台の駐車場に置き、歩いて降りるか、駐車場の一角のエレベーターで降りて村内に入る。

今回はここではなく、この先の、もうひとつの合掌集落、相倉集落に行くので、パス。

この菅沼とすぐ下手の小原村一帯にはお小夜伝説が残されている。

かつて加賀藩の流刑地だった五箇山は、険しい山に囲まれた秘境故に、重罪人が流された。その中の罪の特に重いものは村から遠く離れた独房に収容されたが、やや軽いものは平小屋という小屋に収容され、村人との交流も許されていた。

小原村に流された遊女のお小夜は隣村の青年と恋に落ち、身ごもる。流人に恋は禁じられており、まして身ごもることなど許されることではなかった。

お小夜は青年や村人に害が及ぶのを恐れて、庄川に身を投げ、命を絶ってしまう。この悲恋はこの地の民謡として残されているそうだ。

お小夜が身を投げた庄川の淵は、菅沼集落から少し下ったところにあり、木碑が建てられている。車は停められない。

小原村にはお小夜稲荷が残され、地元の人が常に花を手向け続けている。

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お小夜稲荷。

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お小夜稲荷の近くの庄川に架かる橋から。この近くに流人小屋も残されていて、寄りたいところだったが、場所がよく分からず、通過してしまった。

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近くのダム湖ではもう気の早い釣り人が竿を出していた。

156号線を左に折れて、国道304号線に入る。急な坂を登ってすぐに今回の目的地のひとつ、相倉集落への入り口がある。

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