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2016年4月 8日 (金)

モリエール(内藤濯訳)「人間ぎらい」(新潮文庫)

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 戯曲の面白さを知ったのは、ゲーテの「ファウスト」を読んでから、などというと格好いいのだが、覚えているのは読むのに苦労したことばかりで面白い、という境地にならなかった。それより山田太一や倉本聰のテレビドラマの脚本を読んでから、というのが本当のところだ。「北の国から」や「今朝の秋」など、実際にドラマを観て配役のイメージのあるものを脚本で読むと、再び頭の中で劇が動き出す面白さをそのとき初めて知った(そう言えば山田太一の「冬構え」というドラマが傑作として記憶に残っており、その脚本を読みたいと思っていた。今度それを探してみよう)。

 その話を始めると別の話になってしまうので、この本にもどす。

 私は本に書き込むのが嫌いなのだが、珍しくこの本には気にいったところに線が引かれている。よほど感じるものがあったのだろう。17世紀にフランスのモリエールによって書かれたこの喜劇を読む気になったのは、当時読んだいろいろな本に、この「人間ぎらい」という戯曲がしばしば取り上げられていたからだ。さいわい「ファウスト」と違い、文庫で100ページあまり、一気に読み切れる長さである。たまたま別の本を探していたら、この本が出て来た。ちょっと読み直していたらいつの間にか夢中になって読了してしまった。

 フランス社交界を舞台に、レトリックにあふれた会話が飛び交う。登場人物は、過剰に潔癖で正直を貫こうとする青年アルセストと、それをなんとかなだめて助ける友人フィラント、そのアルセストが熱烈に恋する美貌の未亡人セリメーヌ、そのセリメーヌに言い寄る俗物的な貴族の男たち。

 もちろんセリメーヌは手練手管で男を手玉に取るのが大好きな女なのだが、だからこそ純粋なアルセストは惹かれてしまう。

 社交界の会話だから慇懃で過剰な敬意と美辞麗句で飾られているのだが、云っている内容は辛辣の限りを尽くしている。実際にこんな物言いをしたら大変なことになるだろうけれど、それが喜劇である。

 そのレトリックとウソに翻弄されていくアルセストが、真剣であればあるほど滑稽で、間抜けに見えてくる。最後にある手違いからセリメーヌの本性が明らかになってしまうのだが、そのときアルセストがどのような態度を取ったか、それが観客にどう受け取られたか、興味のあるところだ。

 私はこのような会話を駆使して楽しむ能力も技も持ち合わせていないので、あっけにとられてしまう、と云うのが正直なところだ。「こういえばああいう」その巧妙さに、頭の回転がいいなあ、と単純に感心してしまうのだ。

 会話の一部を引用する。ここはアルセストと友人のフィラントの会話なので、レトリックは使われていない。


アルセスト
 けれどつまり、君の心配は無用だよ。考えてみろ、今度のことについて、君は何を言うことがあるのだ。君はあつかましくもぼくにむかって、いまの恐ろしい世相を大目に見ろとでもいうのか。

フィラント いや、君の言うことにはみんな賛成だよ。世間のことはなにもかも陰謀ばかりだ。欲得ずくめだ。今じゃ狡く立ちまわる者ばかりが、勝ちを占める世の中で、じっさい人間はなんとかならなければならないのだ。しかし、人間のやり口が公平でないから、君が社会から離れたいというのは、どうも我が意を得ないな。人間にそういう欠点があればこそ、我々はこの世の中に生きていて、我々の哲学を練る道が見出せるのだ。そしてまたそこに、人間道徳の立派な運用があるのだ。もし何事も正直ずくめで、だれも彼も率直で公明正大で従順だったら、美徳というものは、大部分無用なものになってしまうよ。なぜといって、こちらが正しい場合、他人の不正を気持ちよく堪え忍ぶのが美徳の美徳たるゆえんだからだ。そんなわけなんで、高遠な徳をそなえた人間は・・・

アルセスト いや、君の話はじつに立派だ。君はいつも滔々と立派な理屈をならべるよ。(以下略)

 二人の青年の性格の違いがよく分かるであろう。訳者の内藤氏が、あとがきに、良識についてベルクソンの「相手が変わればこちらも相手にふさわしい態度を変えて、相手と調子を合わすことを怠らぬ心のねばり」という言葉を引用している。つまりフィラントは良識を持つ人物として描かれている、ということである。

 それに対し、主人公のアルセストは一本気だが、良識を欠いている。世間知らずの純真さは、正義感の持ち主という見方も出来るが、悪く言えば自分だけが正しいという、雅量を持ち合わせない弱い性格とも言える。

 面白くて、やがて哀しい、これが喜劇の神髄なのであろうか。

 もうひとつの面白さは、セリメーヌという女性の絶妙な口舌なのだが、それを論ずるのは、そういう女性との会話経験の少ない私には荷が勝ちすぎる。良く読み込めば、人によっては言い逃れの参考になるであろう。もっと若い時に勉強しておけば良かった。

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