今回が本震
今朝起きて驚いた。熊本で再び大きな地震があり、その地震は阪神淡路大地震に匹敵するほどのもので、こちらが本震だろうという。明るくなって報道ヘリなどによって現地の様子が映されているが、今後その被害がさらに次々と明らかになると思われる。まさか前回の地震が、実は今回の地震の前震だったなどとはだれも考えなかったことだろう。
被害に遭われた方は大変お気の毒でお見舞い申し上げたい。大きな地震での経験を踏まえ、政府や地元の自治体は迅速で的確な対応を取ることと信じる。たぶん今回もボランティアが活躍すると思う。
いつも思うのは、このような大災害のときの日本人の冷静な態度である。パニックになることなく、事態をじっと耐えている。これは、必ず自分たちは助けてもらえる、と確信しているからだろう。政府などに対する信頼があるからに間違いないのだが、政府は悪者であると言い続けているマスコミや進歩的文化人は、地震が収まったあとに、ここに問題がある、あそこに不手際があった、と言いつのるだろう。人の不幸に便乗した物言いで不快である。
海外の大災害では、ほとんど自力で切り抜けなければならないことが多いように見受けられる。救援物資の配布のためのインフラそのものが壊滅しているから仕方がないとはいえ、そもそもその配布そのものがなかったり、たとえあってもそれが被災者によって奪い合いになり、一番弱いものが後回しになっていることだろうと心が痛む。次に何時手に入るか分からなければ、奪い合いも宜なるかな、とは思うが、哀しいことである。
曽野綾子が、日本人はもう少し自力での準備をして、譲れるものは譲れ、ひとに差し上げられるものは差し上げろ、配布されたものにつまらない不平不満を言うな、というのは、海外と日本の違いを踏まえた物言いで、当然のことを言っているだけなのだが、それを弱者に冷たい、と非難するものがいるのは情けない。
今回のような大きな地震がこれほどの回数で起きる、というのは過去聞いたことがない。だからこれから何が起こるか分からないし、これは熊本に限ることではない。今朝は阿蘇山を挟んで、北東部に当たる大分でも中程度の地震が発生しているようだ。余震が飛び火しているのだろう。心配である。
こういうときはこんなこともあるのではないか、あんなことも起こるのではないか、と憶測が思い浮かぶが、いまはそれを語るのは控えるべきだろう。起こったあとで、だから私が言っただろう、と自慢したいだけのための物言いは、デマに通じるだけで、悪意はなくとも社会に悪影響が大きい。
パニック小説を時々読む私としては、想像を働かせると次々に妄想がわき、話したくなるが、胸に留めて我慢している。
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いざというときの自衛隊の存在がどんなにありがたいのか震災を経験して理解が深まりました。
リスクを引き受けて頂いてる警察・消防・自衛隊などの存在に感謝します。
投稿: けんこう館 | 2016年4月16日 (土) 09時27分
けんこう館様
仕事だから救助するのが当たり前、というひとほど、権力の走狗、などということばに踊らされるて、警察や自衛隊を非難し、感謝の気持ちがありません。
哀れな人たちです。
若者が大きな災害のたびに活躍する自衛隊や警察に素直に感激し、応募するものが増える、と言うことに希望を感じます。
投稿: OKCHAN | 2016年4月16日 (土) 10時51分
私も以前に10日ほどかけて九州を旅したことがありますが、
一度でも身を置いたことのある地の災害というのは心が痛みます。
こういう場合の自衛隊その他の活躍は心強いものがありますね。
投稿: おキヨ | 2016年4月16日 (土) 12時25分
おキヨ様
おっしゃるように、一度でも行ったことのあるところは見知らぬ土地ではありませんから、他人事に感じられません。
早くおさまってくれることを祈るばかりです。
投稿: OKCHAN | 2016年4月16日 (土) 12時43分