読書計画
この前に書いた「終われない」というブログに、けんこう館様から、ストレスが伝わりましたよ、というコメントをいただいた。大変有難いことである。そのコメントへの返事に重なってしまうが、泣き言を少し書く。
今回のストレスは当事者である相手本人ではなく、相手の親族の一方的な私への非難が原因である。その非難のなかには事実無根のこともあり、それは前回の調停で訂正することが出来たが、先方は自分たちが正義で私が悪である、という構図に終始している。
それは、何が何でも金寄越せ、ということであるように聞こえる(邪推なのだろうけれど、いろいろな理由でそうとしか感じられないのだ)。離婚が可能なら、出来る範囲を少しくらい超えて犠牲を払ってもいい、と私に思わせているのは向こうの作戦勝ちかも知れない。弁護士からは最初に、信じられないくらいの修羅場がありますが、その覚悟がありますか、と念を押されていたが、まさかこれほどとは、というのが今の本当の気持ちである。
こちらが犠牲を払う、ということは金銭的なことしかないので、そうなれば今後の人生計画の大きな変更が必要である。それらのことをつい考えて夜眠れなくなり、医者に精神安定剤を処方してもらったりしたのだ。面白いもので、安定剤があると思うと安心して眠れる。だからまだ一錠も飲んでいない。ただし飲み食いが増えているために体重のリバウンドが起きている。節制が効きにくくなっている。
月に二十冊ほど、新しく本を買う。多くは文庫や新書で、ハードカバーは三分の一位だが、今後は半分以下にしなければならないだろう。そして遠方への旅もすこし控えなければならないと思っている。それだけで多少金が浮く。さいわい積んであるだけで読んでいない本はいくらでもあるし、もう一度読みたい本もいくらでもある(死ぬまでに読み切れないことは間違いない)。
そういうわけで、棚や押し入れなどの本を掻き出して、五十冊ほどを選定し、いつも自分の座る横に積み上げた。だいたい月に二十冊あまりのペースで読むから、これから新しく買う本と合わせて、夏頃まではこれで足りるだろう。私にとって、一番精神の安定に効果があるのは、読書であることをあらためて感じている。
ここから気が向いた本をとっかえひっかえ読んでいこうと思っている。それが「読書計画」という意味だ。どこが計画だ。
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最初に失礼をお詫びしてから書きます。
韓国を相手にしているようなイメージが浮かんでしまいました。
自己の劣等感・誇り・恨み(憎悪)に気づかない人は、他者を責めて優越感を感じるようです。
なんだか悲しいですね・・・・。 でも周りは迷惑ですが・・・・。
投稿: けんこう館 | 2016年4月 9日 (土) 09時20分
けんこう館様
当方のいささか被害妄想的な面や、若干のひがみ根性(そういうのにはわけがありますが省きます)がないとは言えないのですが、そう感じてしまうのですから仕方がありません。
人間が小さいなあ、と自分ながら思います。
強がりを言ってもしようがないですし。
投稿: OKCHAN | 2016年4月 9日 (土) 09時30分
ブログを拝見させていただくようになって、二人のお子さんを育てられて、なんてすごい人かと感心してました。私が同じ立場なら、とても真似できません。
どんな理由があろうとも、子育てを父親に託したのなら、いまさら何かを要求するなと思ってしまい
相手の親族が韓国のように感じたのです。
結婚と同じで、どうしても相手の親族が絡んでくるのは仕方ない面もありますが、当事者同士の話し合いが原則で、成年後見人でもないかぎり、相手の親族は出てきてほしくないですね。
OKCHAN様を非難するつもりは全くなく、反対になんて心の広い人かと思ってます。
投稿: けんこう館 | 2016年4月 9日 (土) 14時53分
けんこう館様
恐れ入ります。
多少の苦労をしましたが、お陰で他の人の苦労もちょっとだけ分かるようになったと思っています。
だからまったくしあわせで、苦労のない人の、ときに無神経であるのに驚かされるときがあります。
投稿: OKCHAN | 2016年4月 9日 (土) 15時28分