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2016年4月20日 (水)

中沢正夫「[精神科医のノートから]他人の中のわたし」(ちくま文庫)

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 著者は分裂病(現在は統合失調症)治療の権威として知られる精神科医。その治療の過程で患者とその精神疾患に向き合い、悩んだこと、考えたことなどを文章にしている。それはまさに「人間とは哀しいものだ」(by会田雄次)という思いだろう。

 ところで、分裂病を統合失調症と言い換えることにどんな意味があるのだろう。精神の統合が損なわれ、分裂しているから分裂病なので、言い換えたことで却って病気の姿が見えにくくなった気がするがどうか。

 この本には分裂病の患者や、鬱病の患者など、精神疾患の患者の病像、それにかかわる家族の苦悩が具体的に描かれている。そこで医師は、ただひたすら患者や家族から話を聞くことに専念する。そこで見えてくるものは、患者の人生そのものである。しかしまず患者が医師に心を開かなければ、話を聞くことが出来ない。患者自身が医師と向かい合うこと、それは病と向かい合うための第一歩なのだが、その第一歩が始まらないこともあり、始まってもふたたび心を閉ざしてしまうこともある。

 患者や家族が悩むように、医師も苦悩するのがよく分かる。しかしこのような医師は、本当に精神科の医師の中の一握りではないか。この本にも、いまの医療制度では、個別の患者に多くの時間を割くことが出来ないことが、痛憤の思いで語られている。精神科の医師たちの多くは理想に燃えて医師になり、真摯に患者と向かい合おうとしたと思う。しかし現実はそれを許さない。

 いま精神疾患は投薬で重症化を防げるようになってきた。そのため、患者と向き合おうとせず、投薬の効果のみに目が行く若手の医師が増えてきたと聞く。患者は実は出口を求めている。その出口を指し示すのは薬ではなく医師であることが、この本を読めばよく分かる。

 病気は一般ではなく、個別である。人はそれぞれ違うし、その生きてきた人生も違うからである。治療もそれを考慮に入れなければ、患者の心に届かない。そのことをどれほどの医師が自覚しているのだろうか。

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 この本では知られざる精神疾患の真実を知る、という面もあるけれど、語られる患者の人生を通して、人間とは何か、を考えさせる面が大きいように思う。

 著者は椎名誠の不眠症の主治医であり、ときどき椎名誠の本に登場する。優れた医師はふところが深いのだ。深い思考とやさしさに満ちた好著である。この本を読んでいて徳永進氏(やはり医師で著作が多い)を思い出した。

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コメント

おはようございます
先日は私の拙いブログを読んでいただきありがとうございます。
仰った新潟の赤い米で作ったお酒、私も欲しいですね。
ところで精神の病ですが、実は私も抑うつ神経症で貧困妄想と心気妄想であると
診断されています。
本物のうつ病ほどではないでしょうが、結構苦しい時もあります。
幸い今は薬もでていて普通に近い状態ですが・・・。
では、
shinzei拝

shinzei様
神経症と精神病は違いますが、心が健康でないと、身体の不調以上につらいもののようです。
しかし全く健康であるというのも、ときに人のつらさを理解出来ないという点で、なにかが足らない人であるとも思っています。
もともと心理学や精神疾患などに興味があったところへ、若いときに知人が精神病院へ入院することになり、しばしば病院へ見舞いに行き、病棟の患者の姿をみましたし、医師とも話す機会がありました。
だから全く精神疾患に縁のない人より、少しだけ実際のことを知っているつもりです。

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