酒井シヅ「病が語る日本史」(講談社学術文庫)
著者は順天堂大学の名誉教授で、日本医史学会理事長。あのドラマ、「JIN-仁-」や「八重の桜」、「花神」の医学考証を務めた。
とかく「昔はよかった」と云う人がいる。昔の方がよかったこともあるだろう。しかし、こと医療に関してだけは、昔より今の方がはるかにいい。当たり前のそのことを、この本を読んであらためて実感した。
過去の病気は、形で残されているものではない。掘り出された遺体や遺骨の痕跡から、どんな病気や怪我で死んだのか、どんな栄養状態だったのか、が推察されていく。又、沢山の日記などの文書による記録から、どのような病気が人々を犯していたのか、それを研究したものを、分かりやすくまとめたものがこの本である。
病気は医師が診るものであるよりも、呪術師や宗教家によって調伏されるもの、という時代がずっとつづいた。そうでなくなりだして、たかだか二百年もたっていない。まだ世界にはそんな地域もあるし、人はいまだに病気の回復を神に祈る。確かに病気には精神的な働きが関わっている部分もある。
平安時代、藤原氏一族に糖尿病が多く、あの道長も糖尿病で死んだ。結核、痘瘡、マラリア、ガンなどで死んだ人間は多い。武田信玄や徳川家康は、胃がんで死んだ、という話などは初めて知った。
ハンセン氏病や梅毒についての医療の進歩の歴史は本当に人類にとって福音であった。ある病気が撲滅出来るようになると、新しい病気が又流行する。人類は病気と常に戦い続けていて、今後もその戦いは続くのだ。
中国で医師や病院が激しい攻撃にさらされている、というニュースをしばしば耳にする。高額の医療費を支払ったのだから病気はちゃんと治癒すべきものである、という考えから、もし病気が治らないと、医師を攻撃するのである。
医師の医療過誤もあるであろう、歴然としたものであれば、その罪は問われなければならないが、病気は古来治ることもあれば治らないこともある。病気の程度や本人の体力、治療との相性もある。そんな当たり前のことも分からないその中国人の怒りとは無知のなせる技なのだろう。この本でも読んで、医療の歴史を見直したらどうか。
しかしそのような人ほど、こんな本には絶対見向きもしないものだ。
この本には、ほとんどの病気について、人間がどのように対処してきたのかが、時代の流れに沿って詳しく書かれている。ただし、日本の話が中心で、比較のなかで海外の話も添えられている。この本は病についての歴史だが、同時に日本史そのものでもあって、ある人物がその病気で急死しなければ、歴史は全く違うものとなったかも知れない、などという想像力も働かせてくれる。
読みやすい上に、大変勉強になった。ところでシヅという名前の著者は、男性なのか女性なのか、それが分からない。
« 御母衣湖(みぼろこ) | トップページ | 帰雲城址(かえりくもじょうし)とお小夜稲荷 »
江戸時代の将軍様の死因をBSの番組で見たことがありますが、
脚気が原因の人が多くいました。白米を食べるようになってビタミンが不足したようです。
今では考えられないですね。
投稿: けんこう館 | 2016年4月 2日 (土) 22時57分
けんこう館様
脚気の原因がビタミンB1の不足、白米食にあったことが判明したのは明治時代であったことが、この本にも書かれています。
海軍は西洋に脚気がほとんどないことから、西洋食に切りかえ、脚気が激減し、陸軍は、森林太郎などの、細菌原因説にこだわり、食事の改善をしなかったために、日露戦争などで多くの犠牲者を出したのは有名です。
森林太郎、つまり森鴎外です。
投稿: OKCHAN | 2016年4月 3日 (日) 08時41分
こんにちは。
、
「講談社学術文庫」と聞くと、どうも硬くて読んでいて眠くなってしまいそうな印象がありますが
この本は面白そうですね!
探して読んでみたいと思いました
投稿: イヌイカ | 2016年4月 3日 (日) 09時16分
イヌイカ様
この学術文庫には読みやすくて、知らなかったことを知る楽しみを味わえるものが沢山あります。
特にこの本は病気と歴史を関連させていて、新しいものの見方を教えてくれますよ。
投稿: OKCHAN | 2016年4月 3日 (日) 13時24分