光瀬龍「百億の昼と千億の夜」(ハヤカワ文庫)
このSF小説の単行本での初版は1967年。その前にSFマガジンに連載していたのを私はリアルタイムで読んで、ぶっ飛んだ。それを読んでいたのは中学生のときだったろうか、それとも、もう高校生だったか。世界の果てが、それまでの太陽系のわくから、銀河のはてどころかこの宇宙の果ての向こうまで広がってしまった。
私が読んだSFのベストワンは、たぶん死ぬまでこの「百億の昼と千億の夜」であろう。私のバイブルであり、宇宙観の原点であり、神とはなにかということを考える原点でもある。
この本を読んだ頃はまだよく知らなかったが、ビッグバンによって宇宙は始まったというのがいまは定説になっている。その説を唱え、それを分かりやすく書いたガモフの啓蒙書を、大学の生協の古本コーナーで買った(よくわからないけれど、相対性理論のことを書いた本も買った)。それを読んで私の宇宙観や宗教観(!)はさらに形が整った。
内容を説明するのはとても難しい。例えば登場人物を何人か挙げれば、プラトン(=オリオナエ)、シッタータ、アシュラ、ナザレのイエス、ピラトゥス(端役・もちろんイエスを処刑したローマ帝国の司法官)、弥勒(敵役)などなど。なんのこっちゃ、と思われるであろう。
彼らが宇宙の滅亡を前にして、それぞれの無意識の使命の元にその原因を求めていく、ということになるのだが、語られている物語は、時代を過去からはるか未来にかけてまたがっていて、しかも断片的なので、うまく乗らないとついて行けないであろう。私は最初から乗りまくってしまったというわけだ。
SFに淫しているような人なら苦もなく乗れるが、不慣れな人は残念なことになると思う。
恥ずかしいからほとんどだれにも話していないが、私は自己流の宇宙論と死後の世界についての考えを持っている。もう数十年そのことは心の中であたため続けているので、私にとって確信なのだが、人に話せば妙な目で見られかねないので黙っている。
それほどこの本は私に影響を与えた。この文庫では最初のものに一部加筆がされている。初期のハードカバーもどこかにあるのだが、今回は文庫で読んだ。何回目だろうか。
実は先日ヘッセの「シッダールタ」という本を読んだので、そのつながりでこの本を思い出して読みたくなったのである。
なんたる飛躍!
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