燗
名古屋の伏見に大甚という居酒屋がある。名古屋の酒飲みなら知っている人が多いだろう。職場から歩いて行けたので、名古屋に転勤してすぐにこの店に行くようになった。読んだ本でこの店のカワハギの肝の旨さが書かれていたからだ。大きなカワハギの煮付けの肝のことである。しばしばウマヅラハギだけれど、絶品である。
テレビなどでたびたび取り上げられている。女性客も多いし、ガイドブックに載っているのだろう、外国の人がおっかなびっくり入ってくることもある。自分が海外でおっかなびっくり店に入るときの気持ちを思いだしてほほえましい。
ときどきその店に行くという先輩を誘って初めて行ったとき、さっそくカワハギの煮付けを注文したら先輩はびっくりしていた。この大甚という店は、小皿や小鉢に三十種類くらいの料理が盛りつけられてテーブルに並んでいて、各自が勝手にそれを自分の席に持っていって食べ、酒だけ注文する。おいしい肴だらけなので、それだけで充分満足できる。だからそれだけの店だと先輩は思っていたのだ。
特別に頼みたい刺身や焼き魚、煮付けなどは時価で別に頼まなければならないから、それを知らずに呑んでいる人も多いのだ。
いわゆる入れ混みというスタイルの店であり、いつでも混んでいるので、ほとんど隣の人と肩を接するようにして坐らなければならない。いまは禁煙席と喫煙席が別れたけれど、むかしはそんな区別はなかったから、へたに隣に煙草を吸うような人がいるとつらいときもある。ちゃんと吸えばまだよいが、灰皿に火のついた煙草を置いておいたり、ひどいのになると話に夢中になって、自分が煙いからか、火のついた手の煙草を自分から離してこちらの鼻先に突き出す輩もいる。
この店で特に気にいっていたのが酒の燗である。酒は普通は賀茂鶴、頼めば菊正、その大きな菰樽から銚子に汲んで湯煎して燗をする。その燗が絶品だったのだ。過去形で書かなければならないのはまことに残念なことで、最近はあまりにも人気が出て客が多すぎ、燗に神経が廻りきれなくなっていてしばしば熱燗になるようになった。酒の味を知らずに、ひとつ覚えの熱燗を頼む客が多いのかも知れない。菰樽の酒を熱燗にしたら味も香りも台無しではないか。
この店にはこのごろほとんど行かなくなった。混みすぎていて、なかなか入れないこともあり、よくここで呑んでいた呑み仲間が名古屋から転居してしまったからだが、それ以上に燗も雑になった気がしているからでもある。
家では紙パックの菊正を少し熱燗にして呑む。そうして呑むとそこそこの酒の味がする。出かければその地の地酒をみやげに買って帰り、それは燗をせず冷やで飲む。燗はヤカンで湯を沸かし、大きめの徳利に酒を汲んで湯煎で燗をする。ゆっくり温めた酒はひとクラス上の味に化けるものだ。
それを面倒に感じて電子レンジで燗をするようになってきた。味よりも酔うことにウエイトが行っている。感性の堕落である。
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ウイスキー派ですが
酒なら やっぱり燗です
投稿: イッペイ | 2016年5月12日 (木) 11時41分
二十歳くらいのとき日本酒を飲み過ぎ、3日くらい寝込んだことがあります。
あれ以来、日本酒を飲むと悪寒がするようになってしまい、焼酎・ウィスキー・ビールを飲んでました。近所のオジサンたちとの集まりは日本酒が多く、最近やっと慣れてきました。
投稿: けんこう館 | 2016年5月12日 (木) 11時43分
イッペイ様
私は蒸留酒が苦手で、以前はビールが、いまは日本酒が一番好きです。
酒によって燗するとおいしいものと、冷やが美味いものとがあるようです。
何より呑むときの気分と相手が酒の味を変えます。
投稿: OKCHAN | 2016年5月12日 (木) 12時23分
けんこう館様
私の父は下戸で、むりやりつき合ってもらってもビールをコップ二杯が限度でした。
大学の時に寮に入り、酒の洗礼を受けました。
二度と飲むまい、と思うような二日酔い、三日酔いを繰り返すうちに、いつの間にか自発的に飲むようになっていました。
本当に日本酒がうまいと思えるようになったのは、ずいぶん後になってからです。
日本酒には乗り越えるべき壁があるのかもしれません。
投稿: OKCHAN | 2016年5月12日 (木) 12時28分