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2016年5月16日 (月)

納得させないのか、納得しないのか

 不明の息子の手がかりを見つけるために、両親が震災住民達にチラシを配っているというニュースが目にとまった。

 あの熊本大地震のとき、阿蘇大橋崩落現場付近に車で通りかかったと思われる大学生の両親である。大人数での、危険な土砂の除去作業を伴う捜索から半月経った5月1日に、すでに捜索は打ち切られている。

 詳しいことは知らないが、ここで遭難したことが明らかななのだろう。親の気持ちとしては息子が見つかるまで捜索して欲しい気持ちは分かる。人の親なら皆そうだろう。

 その気持ちが分かった上であえて云う。

 もう諦めてあげたらどうだろう。この事態では生存の可能性は全くないのは明らかだ。あの崩落現場は画面で見ても危険である。あの土砂の山をすべて除去するつもりではないと見つけることはできないだろう。

 それをチラシを配って息子の消息を求め続けるという行為は、生きていて欲しいという切なる願いの表れだろうけれど、両親が「もういいから成り行きにまかせます」と言わないかぎり終わらないことに対して、「意地でも終わらせない」という決意表明をしているようなものではないか。

 あえて苦言を言えば、彼らは作業中の捜索現場でただ見ていただけであった。もちろん現場に入ることは危険だから親は入れさせなかっただろうが、私なら自分のできる手伝いを無言でする。場合によっては現場を手で掘ってでもと思う。子供を半狂乱になって求める姿があって、そして今チラシを配るのなら分かるけれど。

 両親が、危険を顧みずに作業している人たちに、感謝の気持ちを表しているのも見ていない。その気持ちがあればたぶんもういいです、と自発的に言うのではないか。

 世のなかにはいつ何があるか分からない。自分の力では如何ともしがたいことは、ときには諦めることも必要ではないか。そうでないと、この両親自体が一歩も前へ進めない。

 それともこの両親にパフォーマンスをさせている誰かがいるのだろうか。まさかとは思うが、マスコミがそのように追い込んでいることはないか。チラシを配るという行為は、なにか犯罪に巻き込まれた可能性があるというなら分かるが、天災に遭遇したことによる行方不明のときに行う行為としては違和感があったので、こんなことを書いた。

 怒る人もいるだろう。

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