運転したことがなければ、違反履歴はない
クリーンであることを標榜する候補が、その機会がなかっただけであれば、クリーンかどうかわからない。
クリーンであるというのは、あまたの誘惑をはねのけて、出来るけれどもしなかった、という実績の上にいうことの出来ることである。
だから、その機会のなかった人間が、自分がクリーンであることをいうのは詐称であると私は思う。
多くのひとは、自分の権限がもたらす金の誘惑に出会う機会がない。そもそも権限のある立場に立つことがなければ誰も誘惑などしない。
誘惑に負けた人間を、人々は激しく糾弾する。当然ではあるけれど、そのあまりの激しさに、自分にチャンスがなかったことの恨みがこもっているように見えるのは、私の考えすぎか。
それならば、その激しく糾弾する人のなにがしかの人々は、機会があれば同じことをするのではないか、などと思ったりする。
運転免許がないから、またはもっていてもまったく運転しない人は、スピード違反をはじめ、運転者の起こす違反をまったくすることがない。
ではその人は無事故無違反だから優良運転者であるのか。そんな理屈は通用しない。
鳥越俊太郎氏はクリーンを標榜する資格がまだない。
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かつて宇野首相の愛人問題を追及した鳥越さんは、今回の週刊誌問題については、
ジャーナリストとして切り返しが出来ないようなら知事にならないほうが晩節を汚さないと思います。
投稿: けんこう館 | 2016年7月23日 (土) 12時54分
けんこう館様
鳥越氏自身のためにも当選しないほうがしあわせだとおもうのですが・・・。
ジャーナリストが実務者になるには相当の覚悟がいるのですが、そのことがまったく自覚されていないのが心配です。
正義感だけでは人を動かすことは出来ません。
投稿: OKCHAN | 2016年7月23日 (土) 16時37分