不思議なことにエンターテインメントが読めない
時代小説やミステリーが大好きで、そういう本はボリュームがあるほど読みでがあって嬉しかった。読んだ本をカウントしているので、ついそんな本で冊数を稼いだりしたものだ。
ところが最近あまりそういうエンターテインメント本が読めなくなった。もちろん中身の薄い、つまらない小説はもともと嫌いである。読み終わったときに時間を無駄にしたような気がする。
昔なら十ページも読めば寝てしまうような、少々歯ごたえのある本が、最近は放りださずに最後まで読めるようになってきた。だから読むこと、意欲そのものがそれほど衰えているわけではない。
面白い、と感じるものがどんどん変わることはあったけれど、どうも本質的に変わりつつあるのかもしれない。これは自分の持ち時間の残りがある程度読めるようになってきたからかと思う。
読みたいけれど後回し、というほど残り時間がない。それなら読んでおきたいと思うものから読むのはあたりまえではないか。同時に、今読もうとするこの本を読む人はたぶんあまり多くないであろう、然らば自分が読んであげなければ・・・などと思う。本の方から読んで欲しいと言ってくるのだから「あとでね」と言いづらいではないか。「あとで」っていつなんだ。
本屋で面白そうな本を見ると、いつの間にかそれらの本を抱えて書店を出ることになる。本だけは自分に歯止めをかけることが出来ない。とは言っても読む能力に限りがあることは自分がいちばん承知している。
そうして買った本を積んでおいて、呼ばれた順番に読ませていただく。ところが気がついたら、以前なら真っ先に読んでしまうはずのエンターテインメント本がどんどん残りだした。
購入する本と読む本にズレが生じている。そのことをよくよく考えないと、買ったけれど積んだまま、というのではその本が可哀想だ。
ちょっと身の廻りの本を整理していたらそんなことを考えた。
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こんにちは。
私はエンターテイメント性のある本ばかり選択してしまいます。
ノンフィクションとか実用書的な書籍とか研究書っぽいものには、まだ目が行かないようです。
私も、いつかそういった本の方に興味が持てるようになりますでしょうか???
ジャンルを問わず、色々な本に巡り合いたいなと思っているのですけれど。
投稿: イヌイカ | 2016年8月 7日 (日) 18時04分
イヌイカ様
いつもブログを拝見しています。
夢の話も面白く読んでいました。
歳をとると自分の時間がもったいなくなって、すこし内容があるほうに嗜好が変わるかもしれませんね。
投稿: OKCHAN | 2016年8月 7日 (日) 18時57分