むげには出来ない
病院での検診結果は予想していたよりわるいものではなく(おおむね基準範囲内)ほっとした。残念ながら薬を減らすことにはならなかったものの、医師からは体重をもっと減らすようにとの注意があったのみ。
これでたかをくくるとリバウンドがひどいことになることは経験済みである。心しなければ。すぐにもビールが飲みたいが、日が暮れるまで我慢我慢。
病院はどういうわけか以前と比べてすいている。それにすいているからだけではなく、不要な事務がなくなって、受付から会計までスムーズに進むようになったのは有難い。
そのわりに病院の前の薬局は時間を食う。どの客も山のように薬を貰っているから、その薬を取りそろえるだけでも時間がかかるのは致し方ないのだろう。
病院でも薬局でも、窓口で停滞しているのはそこで何やら食い下がっている人たちがいるからである。何かを問い合わせているのか、向こうから説明を受けているのか、相手の話が理解出来ないらしく、繰り返し繰り返し同じ話をしている。近くで聴いていても何を訴えているのかよく分からない。そもそも訴えているけれど、相手の言うことはほとんどあるいは全く聞いていない。
本人も何が分からないのかが分からなくなっているようである。「あなたはこのことが分からないのですね。それはこういうことで、こうすれば良いのですよ」と言って欲しいのである。言って欲しいのであるが、最初の部分が本人にも明らかでないからやりとりは空回りする。
私が何を知りたいのか誰か教えてくれ、と背中が言っている。
窓口の向こうで根気よく相手をしている人たちに本当に頭が下がる。仕事とはいえその精神的な疲労はいかばかりであろうか。あらゆる窓口の最大の無駄はこのような人たちとの応対であろう。ここに人的資源と時間が浪費されている。
とはいえそれはないようにすることの出来ないものである。高齢化社会はますますそのようなマニュアル化となじまないロスを抱えることになるのであるなあ、と自分も窓口のこちら側に並び掛けている身としてぼんやり眺めている。
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