小人閑居して
小人閑居して不善を為す、という。
どこへも出かけずにぼんやりしていると身体も油断するのだろうか。朝起きたら、のどの奥と鼻の粘膜が痛い。熱はないようだが、大事をとることにする。昨日は本を読む気にも映画を観る気にもならず、うっかり涼しい風に当たりながらうたた寝したのがわるかったのだろうか。
そういえば昨日は夕方までココログがつながらず、ニフティのメールも開けなかった。読んだ本が二、三冊あるので、そのことを下書きでもしておこうと思ったがそれも億劫に感じた。たぶん昨日から不調だったのかもしれない。
本日はマンションの防災訓練の日。申し訳ないがサボった。
ときどきガス欠になる。その頻度が増えているような気がする。ときどきは出かけて世間の風に当たらないと自分のためにならないらしいと承知はしているのだけれど。
日曜日の午後二時のアンニュイ、と森本哲郎師が名付けた時間のなかにいる。休日もそろそろ終わりに近くなり、いまさらどこかへ出かけるには遅い、無為に過ぎた時間をなんとなく憂鬱に感じる時間、という意味だ。仕事をしていたときは、その言葉を強く実感する時間帯だった。久しぶりにそのことを思い出していた。いまは毎日が日曜の生活だから、そんなアンニュイがないといえばないが、毎日そんなアンニュイを感じているともいえる。
これでは、小人閑居して不善すら為さず、だ。
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