必要な人
内田樹老師は、敗戦のときに殿軍(しんがりぐん)を引き受ける人を高く評価する。もっとも危険な役割であり、生還を期しがたいことも多い。損得勘定で言えばもっとも割に合わない役割である。
徳川家康も豊臣秀吉も、この殿軍を買って出たことがある。そのときに死んでもおかしくなかった窮地を切り抜けたことで、高い評価を受けてのし上がった。才覚だけでは人はトップに立てない。
いま、損得勘定だけが絶対的な判断材料となって、殿軍など引き受ける人がいないようだが、不思議なことにそのような人がいるものである。そして万一そのような人が絶滅したとき、社会は崩壊するであろう。
徳川家康や豊臣秀吉の時代のように殿軍を勤めた人を高く評価するという風潮が失われつつある現代は、そのような社会に必要な人を失いつつある時代でもあるのだろう。
(ここからは余談である)
在職中に、ある大手商社の元副社長だった人が会社の顧問に招かれた。たまたま私がある役職に昇格したとき、その顧問からリーダとは何か問われた。一ヶ月ほどかけて、ない頭を絞って自分なりの考えをレポートした。それを読んでにっこりしてくれたから間違ってはいなかったのだと思う。詳しいことは忘れたが、リーダーとはチームの責任を引き受けること、そしてチームが気持ちよく働けるようにすることが最優先の役割だと考えていた。
私のしていた仕事は繊維の産地への営業で、右肩下がりの市場でいかに売り上げを維持拡大するか、そして利益を確保するかというものだった。どうせダメだ、という気持ちになれば即終わりである。競合メーカーは次々に撤退、脱落していった。
いわば殿軍の役割を引き受けているつもりであった。その中でどうチームのみんなが仕事を楽しくできるか、前向きの気持ちを持てるか、そのことに心を砕いた。
部下の評価と査定を厳密にすることに重きを置くほかのリーダーもいたけれど、私は多分かなりいい加減な評価をしていたと思う。意欲のほうを評価して成果にこだわらなかったからだ。お客様は神様などではないと思っていたから、理不尽なことは拒否した。それで失うものより必ず得るものの方が多いものだ。覚悟の問題である。
ある得意先の人から、産地を市場ではなく、自分の生きるグラウンドだと考えてみよ、といわれた。産地の衰退を食い止め、生きのびる方策に参画する意識でことにあたると新しい展望が開けた気がした。
仕事は必ずしも成功はしなかったけれど、実に楽しい日々を過ごすことができた。仕事がこんなに楽しいと思ったことはなかった。それが退職までの最後の10年間だったので、本当に幸せであった。退職時の送別会で、私と仕事をしたことが楽しかった、と口々にいわれたことで不覚にもうれし涙が出たことを思い出す。
自慢話めいて恥ずかしいが、年寄りのならいと許して欲しい。
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仕事の付き合いは終わっても時折酒を飲める事、、、望外の幸せです。今度はいつ頃になるかナ。
投稿: 周さん | 2016年12月 8日 (木) 17時55分
周大兄様
明日にも行きたいのですが、いろいろ用事が立て込んで、もう少し後になりそうです。
世の中が師走で騒がしいときに、それを横目にのんびりする、というのは一つの贅沢ですね。
投稿: OKCHAN | 2016年12月 8日 (木) 18時27分