丸山昇「上海物語」(講談社学術文庫)
近代の上海を語り尽くそうと試みた本である。もちろん膨大な出来事があり、たくさんの人がそれに関わっており、しかも立場によってその解釈は千差万別であろうから語り尽くすことなど出来ない。しかしその意図は充分に果たされていると思う。この本は忘れられない本になるだろう。上海に関わる記述のある文章を読んだらこの本を思い出すし、この本を参照することになるだろう。
じっくり味わいながら読んだので、300ページ足らずのこの本を読み終わるのに1ヶ月以上を費やした。
副題は「国際都市上海と日中文化人」である。魯迅が出てくる、陳独秀、郭沫若、茅盾、丁玲、郁達夫を始め多数の中国文化人が、そして上海を訪ねて文章を残した芥川龍之介が、谷崎潤一郎が、佐藤春夫、金子光晴が、さらにそれらをつなぐ人物として内山完造がいる。
それらの人々が見て感じた上海が近代の中でどのように変遷していったのか、させられたのか。日本の中国侵略が始まり、抗日運動が盛んになり、それでも太平洋戦争まではかろうじて租界は文化人たちを庇護する場所でもあったが、太平洋戦争の後は租界は事実上消滅してしまった。そして日本が上海を完全な支配下に置いたときから日本と中国との絆は断ち切られてしまったのである。
そのようなことを激することなく淡々と事実のみを述べているけれど、そこに痛切な作者の思いがこもっているのが読み取れる。
この本は1987年に集英社から出版されたもので、2004年に講談社学術文庫に収録された。
上海には仕事も含めて10回以上行った。私が上海を初めて訪ねたのは1992年。その頃は自動車よりもはるかに自転車が多い時代で、建物も含めて多少この本に書かれたような上海を見ることが出来たが、その後すさまじい勢いで変貌してしまった。蘇州河を見下ろす古いホテルから上海のスクラップ&ビルドを見下ろして幻視した上海がこの本にはリアルに描かれていて、見たことのない世界なのに懐かしく感じた。
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