伝法水滸伝
伝法水滸伝は天保水滸伝のもじりである。天保水滸伝は飯岡の助五郎と笹川の繁蔵の出入りをテーマにした浪曲の外題であることは、知る人は知っているだろう。いわゆる「利根の川風たもとに入れて~」である、玉川勝太郎であり、平手酒造であり、三波春夫である。
私が生まれた場所であり、幼稚園から中学校の途中まで育ったのが、九十九里に近い東金(とうがね)という場所である。九十九里浜まで8キロくらいで、地引き網であがった小魚を、自転車やバイクに乗せて直接売りに来る小魚を食べて育った。
だから魚が大好きで、釣も好きで、若い頃、飯岡には投げ釣りでずいぶん通った。飯岡が天保水滸伝に関連することはだから承知していたが、どんな話かよく知らなかった。
山口瞳の初期短編集「伝法水滸伝」を読み出している。全七篇のうち、「伝法水滸伝」と「繁蔵御用」の二篇が天保水滸伝に関わるものであり、それはただの物語ではない。飯岡の助五郎のもとにわらじを脱ぎ、その一宿一飯の義理から出入りに参加している富士松という男は、山口瞳の祖父のまた祖父なのである。
山口瞳は自分の出自をさらけ出し、出入りの時の富士松の心臓の激しい鼓動を描く。その激しい鼓動は山口瞳の鼓動であり、読んでいる私の鼓動である。話は出入りに近づいて、そして離れる。
富士松が出入りのあとどのような生き方をし、その子孫がどんな運命をたどったのか、そして山口瞳自身がどのように生を受けたのかを克明に語る。その通底する生き方は「軽率」である。
軽率をこれほど勁烈に語る文章を知らない。
飯岡の助五郎と笹川の繁蔵がどんな出入りをしたのか知らない。それぞれに言い分があったのだろう。それに関わった無名の数々の人間がいた。その中の一人が自分の先祖であることを知って、とことんそれにこだわり、そこから自分の生き方の癖のようなものの理由を感じる山口瞳の感性に震える。
山口瞳はやがて「血族」という小説を書く。
« 熟睡は大事らしい | トップページ | 知多へ出かける »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 雑感1(2026.09.15)
- 友と会う(2026.09.13)
- 何をやっているんだか(2026.09.10)
- これからまた降る?(2026.09.09)


コメント