いいことがあるよ
こういうことをすれば、あとでこういういいことがあるよ、と云う言い方はしばしば聞かれる。もっともありふれたものが、しっかり勉強すればいい学校へ進学できて、成績が良ければいい会社に入れて豊かな暮らしが出来るよ、というものだ。
そういわれてなるほどそうなのかと素直に勉強して将来いい会社に入る子供もいる。私は素直ではなかったけれど、さいわいそこそこのところにはとどまった。もっと勉強しておけばとは思う。
人は言われていることが事実であっても、こうするとこういう良いことがある、と言われることに素直に従わない傾向がある。数学の因数分解などおとなになってからどんな役に立つのだ、などと数学を毛嫌いする人もいるけれど、それでもたいていの人はそこそこの結果を出して卒業する。そういう意味では全ての科目のうちで英語ほど後で役に立つことが明確なものはない。ところが日本人の多くの人があれだけ長時間教育を受けながら英語がまともに読み書きできないし話せない。
これは、人は後で役に立つからと言われるものほどやる気が起きない、と云う性質があるからなのではないか、と云うのが内田樹老師の卓見である。
つまりこんな良いことがあるよ、後で役に立つよ、と云う言葉はやる気につながりにくいということだ。後で役に立つことというのは自分の為なのだけれど、それならいましたくないからしないのも自分の為だ。どこかにさせられる気持ちを感じると、人はやる気が失せるのだろう。やはりやりたくてやるものほど身につくということだ。
くどくどと書いているのは運動のことだ。健康のために身体を動かしなさい。そうするとこんな風にいいことがあるよ、と云う。それを繰り返し聞かされるほどやる気がなくなる。素直にやって結果をだしている人をテレビで見せられると感心して尊敬するけれど、では自分もそれに続いて、とはならない。
健康のための運動はどうもやる気になれない。その私がいまぼちぼちと運動し始めた。なんだかようやくどこかのスイッチが入ったらしい。これは運動するとこういういいことがある、と云うことではなかなか入らないスイッチだったけれど、とにかく良いことだろう。
とはいえまだ三日目、少し汗ばむ程度の早歩きと筋トレほんの少々だけをやり始めただけのことだ。今のところ多少の爽快感があり、億劫に想う気持ちにはならずに済んでいる。さあ三日坊主を乗り越えられるのかどうか。
ここまで書けばあとで、運動はどうした、と聞かれないために少しは続けることだろうと思う。
« 確定申告 | トップページ | 布団乾燥機の効用 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 何をやっているんだか(2026.09.10)
- これからまた降る?(2026.09.09)
- 線状降水帯の中(2026.09.08)
- 雨が恨めしい(2026.09.08)
- 縁(えにし)(2026.09.07)
コメント
« 確定申告 | トップページ | 布団乾燥機の効用 »


運動神経が良くない私が、2001年から週二回のスイミングスクールは続いてます。
体育の時間は嫌いでしたが、スイミングスクールではオバサンたちがニコニコと楽しみながら元気に
動いてます。スポーツの楽しみ方をオバサン達に教わりました。
能力差・個人差はありますが、楽しむことが大事なようです。
投稿: けんこう館 | 2017年2月13日 (月) 13時28分
けんこう館様
目的をもつよりも楽しむ方が続くようですね。
身体が軽く感じられるのはとても爽快です。
投稿: OKCHAN | 2017年2月13日 (月) 19時46分