声
先日の「ためしてガッテン」は「声」がテーマであった。それを録画していて今日観た。メインの話は声帯と大動脈瘤の関係についてであったけれど、声帯の異常は胸部のいろいろな疾患と関係があるというのが科学的に説明されていた。
私も数年前からときどき声がかすれることがあった。しかし医師に診断を仰ぐ必要がある声のかすれは、①原因に思い当たることがなく、②一週間以上かすれが続き、しかもだんだん悪化する、③大きく息を吸い込んだ上での発声を10秒以上続けられない、という場合であるという。
私の場合はそれほどかすれが長期間続くわけではないが、電話で話そうとすると声がかすれて出にくいことがしばしばあった。老化でも声がかすれたり震えたりするのは、高齢の人と話したことがある人なら承知しているだろう。自分の場合もそうなのかと思いながら、とても気になることもあった。
一昨年亡くなった母は、晩年の数年間は上手く発声できなくなっていた。発語障害という診断で、当初はリハビリに通ったが、寝たきりになってからはそれも叶わず、次第に会話が出来なくなった。自分の思いを人に伝えられずにずいぶんじれったい思いがしたことだろうと思う。
年齢なりの脳の萎縮はあったが、大きな脳の器質障害は見られなかった。つまり意識はある程度クリアなのに、言葉だけがうまく話せないのである。最後は私が大きな字でカードを作成し、それを指さしてもらうことで要求を伝えてもらった。水、とか食事、とかテレビ、ラジオ等々の言葉をカードにした。
いま後悔しているのは、「ありがとう」というカードを作っておかなかったことである。どんなにそれがいいたかったかと悔やまれるのである。そしてそれを指さしてくれることで、介護するこちらがどれほどの励みになったかしれないのである。
そういう母を見て来たので私も声を失うことが恐ろしい。声が突然かすれて上手く話せないのは、私の場合は何日も誰とも話さないからである。そうなったときに大阪へ、松本へ、群馬へ千葉へ友人や弟に会いに出かける。時には娘のどん姫に声を掛けて泊まりに来てもらう。会話をしていると一時間足らずで完全回復する。不思議なほどである。そうして一度回復すると当分は大丈夫である。
さいわいこの半年ほどそのような声のかすれがほとんどなくなった。それだけいろいろな人を訪ねたり、旅に出て人に積極的に話しかけたりして発声しているということかもしれない。
歌を歌ったり、詩を朗読することも良い。これは母のリハビリの時に側にいて教えてもらった。意識して歌うこともある。
最後は母のように発語が困難になるかも知れないけれど、努力すればそれは先延ばしに出来るし、パソコンを手元においておけばカードの代わりにキーを叩くことで意思は伝えられる。
番組の後半でも、老化による発声障害のことが取り上げられていた。意識して声を出すことが肝要らしい。老化というのは使わないと進むのだとあらためて感じた。
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OKCHANさん
落語、漫才の放送があります。

土曜日、日曜日の朝4時から5時。
楽しんで、会話も出来るよ
地元姫路、(兵庫県立歴史博物館)
桂米朝特別展の様子、
ラジオで詳しく教えてくれる。
楽しいよ。(24日金曜日お昼、物語後半)
頭の体操に、ご褒美に
投稿: ちかよ | 2017年3月19日 (日) 13時58分
ちかよ様
私も落語が好きで、CDがあります。
眠れない夜などには聴いて楽しみます。
投稿: OKCHAN | 2017年3月19日 (日) 14時26分
母も義母も耳が遠くなり会話が面倒に思うことがありますが、聞くことが親孝行と思うことにします。
投稿: けんこう館 | 2017年3月20日 (月) 09時50分
けんこう館様
人は聞きたいことしか聞こえないところがあります。
相手に自分がどう見えているのか、それに気がつかないと相手の言っていることが分かりません。
私はいま母のいいたいことをほとんど聞けていなかったような気がしています。
コミュニケーションは本当に難しいですね。
投稿: OKCHAN | 2017年3月20日 (月) 10時26分