無料とフェイク(1)
メディアが劣化していると巷間言われて久しい。私も尻馬に乗って受け売りの言葉をブログに書き連ねたりしている。事実そうとしか思えないことがそのニュースの伝え方の中に読み取れるから、間違ったことを言っているとは思わない。
新聞の購読部数がずっと減少して止まらないと聞く。私もあるきっかけで新聞の購読をやめて数年になる。必要なときはコンビニで買うだけで不都合はない。テレビでリアルタイムで見るのはほとんどニュースばかりである。それにネットのニュースをときどきチェックしていれば、いちおう新聞を読んでいた時代とあまり違いはない気でいる。
新聞を読まなくなって残念なのは、週刊誌のCMが読めないことである。週刊誌はあの見出しだけでほとんど読んだ気になれる。芸能人のゴシップもたいていそれで十分である。それと書評欄や新刊の情報が新聞から得られないことだ。新刊の謳い文句にはそれぞれ工夫があって、それが本を買う動機になるけれど、今は書店の店頭で本にじかに接して直感で選ぶしかなくなっている。まあたいていそれで十分であるけれど、読む値打ちがあるのに見逃す本が昔より多いかも知れない。本の入れ替わり方が激しすぎるからだ。
新聞は購読料を支払って読むものである。ただ、購読料だけでは新聞社は経営を維持できないから、広告をふんだんに入れる。今は広告料の方が購読料より多いともいうが本当だろうか。それなら本文に対して広告がとても多いのは仕方がない。
テレビの民放にいたっては視聴は無料である。全てCMの収入でまかなっているのだから、CMの割合が増えるのは当然なのは理屈では分かる。しかし新聞なら見たくないものは飛ばせるけれど、テレビでは出来ない。その出来なかったことが今は録画しておくことで飛ばすことができるようになったのは有難い。
そのかわりに民放のBS番組では番組全部がCMというのを恥ずかしげもなく流している。それでも見る人がいるのが不思議だ。見る人がいないのに広告を出す者はないから、それに見合うだけの人が見ているのであろう。
人は金を支払ったらその対価を求める。対価が得られると思うから支払うので、それが支払いに相応することを期待する。期待とは信頼である。普通の人は信頼の出来ないものには支払わない。
(長くなったのでここで打ち切って次回に続きます)
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OKCHANさん

新聞は、田舎は朝刊+夕刊=総合版しかありません。
シルバーさんの収入源。
ボランティアの気持ちで取っていますが、
冬は遅い。
今の時期6時25分~8時。
夏は4時~5時30分。
今日から
新聞は読売新聞。
ジャイアンツのいいことしか載らない
えこひいき新聞楽しみます
投稿: ちかよ | 2017年3月31日 (金) 13時22分
ちかよ様
新聞はボランティアで取るのが正しい姿勢だと思います。
このブログの文章はそういう意味のことが結論((3)までありますので長くて申し訳ありません)になっています。
投稿: OKCHAN | 2017年3月31日 (金) 14時47分
本当かどうかわかりませんが、電通のTBS(テレビ局)担当者6人中4人が在日韓国人・韓国人ということをネットの番組で言ってました。それなら納得できますが・・・・。
投稿: けんこう館 | 2017年3月31日 (金) 15時42分
けんこう館様
最近のテレビはだいぶ朝日新聞的になってきましたね。
キャスターが正義の味方になった気でいるように見えます。
報道するものとしないものの仕分けに変な正義感が混じると困ります。
視聴者を上から目線で見ているとそういうことになります。
投稿: OKCHAN | 2017年3月31日 (金) 18時37分