被害者がいて加害者が見えない
昨日は2月28日、戦後台湾で起きた2.28事件の記念日だ。この事件で数多くの人が殺された。昨年行った九份はその発端となった争議のあった場所で、顛末はホウシャオシェン監督の「非情城市」という映画に描かれている。
この追悼式典で蔡英文総統が「被害者がいて加害者が見えないこの事件について明らかにする」と語ったということである。国民党の独裁政権が続いたために、台湾では事件について語ることはタブーであった。現在の外省人と本省人との根深い対立が解消されないのもここに原因があると見る人もいる。
国民党の一党独裁を李登輝が解消した。民主化後の国民党と民進党との対峙の構図にもこの事件が影を落としていないとはいえない。
いったんタブーになったものを語ることは勇気の要ることである。21世紀になってから、ようやくその事件が語られだしたけれど、当事者は高齢になって次第に数も減っている。誰が加害者であり、どうしてこの事件が起きたのか明らかにしないと台湾内部の対立は解消されないと蔡英文は言っているのだ。
歴史の闇をあきらかにすることは、その歴史を乗り越えることに外ならない。歴史を乗り越えるには歴史を直視しなければならないからだ。
思えば済州島の4.3事件も同様の事件である。2.28事件と同じ頃、済州島でも島民の大量虐殺が行われた。事件が公然と語られるようになったのはこちらも21世紀になってからで、政権の性格によってひそかに、時に大っぴらに語れるようになった事件である。何万人も殺されたというのに、こちらは被害者すら明らかではない。
昨日周恩来のドキュメント番組を観た。周恩来についてはまた語る機会があると思うが、昨日しみじみと思ったことは、文化大革命とそれに先行する大躍進政策という毛沢東の大失政のことである。これに反対し、なんとか被害を少なくすることに腐心していた周恩来は身の危険のなかにいた。
中国は文化大革命も大躍進政策の話も語ることをひそかに禁止している。ひそかだが、公然と語れば拘引されて本人のみならず家族にも危険が及ぶことは中国人なら誰でも知っている。
中国人が歴史を乗り越えて前へ進むためにはこの時代のことを明らかにし、それを直視しなければならないと思う。
歴史を知るということはそういうことだろう。台湾は2.28事件を明らかにして国民はその歴史を知り、直視することが必要だと蔡英文総統は考えた。
韓国は済州島事件を知り、直視することから始めなければならないが、本土の人たちの心の底に根を張った済州島出身者への蔑視は消すのが困難だろう。それが実は長年に亘って済州島事件を隠蔽するために醸成されたものであるにしても、だ。
では日本人は?南京大虐殺?それについて自分の意見を語るために、近代史をもう一度勉強する必要があると思うのだが。
もちろんどの国でも歴史を振り返り、顔を背けてきたものを直視する勇気と知識を持とうとする者は一握りである。一握りでかまわないし、全員がそうすべきだとも思わない。ただそういう人に敬意を持ち、耳を傾けてくれさえすれば良いのだが。
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自分のブログにも書きましたが、草葉の陰で泣きじゃくる司馬遷の姿が目に浮かぶようです┐(´д`)┌ヤレヤレ
投稿: なーまん | 2017年3月 1日 (水) 18時21分
なーまん様
いつの世にも不条理はありますが、次第にそれが解消すると夢見てきたのに却って増大しそうな気配です。
司馬遷は歴史を記録して残すことに精魂を傾けましたが、それをひもとく人は本当にわずかですね。
投稿: OKCHAN | 2017年3月 1日 (水) 18時45分