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2017年4月30日 (日)

萩原朔太郎と与謝蕪村

 この冬、北関東を旅したときに萩原朔太郎の記念館を訪ねたが、前橋市内に移設中でかなわなかった。詩全般が苦手で、わずかに萩原朔太郎、中原中也、島崎藤村に感興を覚えるのみである。和歌や俳句はそれ以上にイメージ化ができない。ただ、敬している森本哲郎老師が与謝蕪村について何冊も本を書き、そのイメージを絵解きしてくれているので、それに啓発されていささかの興趣を感じる。

 それでも東北を旅すれば芭蕉の奥の細道の旅の旧跡に交差することがしばしばで、旅を通して芭蕉の句とその心情をぼんやりと感じるようになってきた。全くの勝手読みではあるが、知ることは感じることにつながるものかと思う。

 与謝野鉄幹の詩をもとにした「妻をめとらば」という歌は人口に膾炙しているが、そのなかに

 ああわれダンテの奇才なく バイロンハイネの熱なきも
 
   石を抱きて野にうたう 芭蕉のさびをよろこばず

と云う一節がある。好きな部分で、わびさびの心があまり理解できない自分の言い訳にしていたが、ダンテの奇才にもバイロンやハイネの熱も分からないのだから、救いようがないのである。

 萩原朔太郎が「郷愁の詩人 与謝蕪村」という小文を残しており、それが岩波文庫になっていることを店頭で初めて知って購入した。薄い本だからすぐ読了できるが、もったいないのでゆっくり味わっている。

 ここで朔太郎は和歌は好きだが俳句はその興趣を感じないと書いている。わびさびが分からないというのだ。与謝蕪村は没後ほとんど世に知られずにいたが明治時代、正岡子規に再発見されて芭蕉と並べ賞されるほどになった。正岡子規は自分の唱える「写生」主義にかなうのは蕪村だと、芭蕉よりも高く評価したのだ。

 それに対して朔太郎は異を唱えている。蕪村は確かに映像的でイメージの鮮やかな句が多いが、それは写生であるだろうか、と疑問を呈しているのだ。句から来るイメージは眼前するものではなく、眼前のものから励起された蕪村の心的イメージが描いたものではないかと考えているようである。

 これは森本哲郎老師の与謝蕪村についての文章から私が教えられていたことでもあったから、私の思いとも良く合致して理解できる。森本哲郎老師もこの朔太郎の文章を読んだろうか。たぶん読んでいる気がする。ただし、受け売りでないことは私の確信するところであり、ただ、読んだのなら共感したことだろうと思う。

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