あれほど好きだったのに
昨夕大阪の兄貴分の人から電話をもらった。元気にしているか、と消息を尋ねてくれたのだ。こちらから連絡をしなければいけないのに申し訳ないことだ。互いに情報交換をする。知っているつもりで知らないことがあるものだ。長老と東北に行ったらしい。今度また誘うから、と云うので楽しみである。昨年は共通の知人の訃報が相次いだ。こうして連絡を取り合う相手がいることは本当にありがたいものだ。そうでないと知らないまま、知られないままに終わりかねない。
五月の連休に息子が広島から帰省してくる。バカ親の薫陶を素直に受けて、お酒、特に日本酒が大好きだ。今回もそれに合わせて日本酒を送るから、と連絡があった。前回は獺祭だったが、今回はまたなにか好い酒を見つけたのだろう。楽しみだ。酒よりも息子の帰省の方が楽しみなのはもちろんである。念のため。
あれほど好きだった釣りに行かなくなった。九十九里の新鮮な魚を食べて育ったので、魚を食べることが大好きだが、鮮度の落ちた魚は食べる気がしない。だから大学時代、米沢に暮らしていたときは閉口した。だから帰省したときには新鮮な魚を食べるのがよろこびだった。
就職してゴルフを誘われたけれど、趣味として釣りを選んだ。私にとって釣りは魚を食べるためのものである。キャッチアンドリリースなど魚を弄ぶものだと思っている。もちろん食べない魚や小さすぎる魚はリリースする。それは釣った魚ではなくて釣れてしまった魚だ。
海の魚を食べて育ったから海釣り専門である。最初は投げ釣りだった。釣り人が増えると共に釣果が落ちてきた。釣りつくしたわけでもないのだろうが不思議なことである。ある程度のサイズを狙うなら船釣りである。金はかかるが釣果が確実だ。釣りに行く前の晩はわくわくして眠れなかったものだ。
名古屋に移り住んでからも一人で、のちには友人と、知多から、ときには御前崎まで遠征して船釣りに行った。船酔いには強い方ではない。だから冬など波が高くて船が揺れると、寒さも相まって来なければよかったといつも思ったものだが、釣り出すとすべてを忘れた。
子育てに忙しくなって船釣りに行く回数がめっきり減り、手軽な防波堤釣りにかえた。これならときどきは子どもたちと釣行できる。楽になるぶん釣果と魚のサイズは期待できないが、そんなにたくさんあってもさばくのが面倒なだけである。残れば鮮度が落ちる。
それほど好きだった釣りに行かなくなった。父が亡くなってしばらく殺生をやめて、一年ほどしてから再開したけれど昔ほどの快感がなくなった。そして母の介護の手伝いで忙しくなり、ほとんどいけなくなってついに釣り道具を出すこともなくなってしまった。
なにより魚をさばくことが億劫になってきた。自分で釣った新鮮な魚を食べるときのよろこびが薄れている。近頃は海辺の宿で新鮮な魚を山盛り出されても、感激しなくなった。少しだけあれば良い。
海水が温まってくる今頃からそろそろ三重県の南伊勢辺りの防波堤にメジナが湧いているだろうなあ、とか知多に小アジや小サバが寄ってきてるだろうなあ、などと遠い目をするばかりである。
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OKCHANさん


海釣りですか?
家の旦那さんはヤマメ釣りで、
川で岩を許可を得て採掘している造園屋さんと遭遇
日本庭園に→木造住宅に建て替えた
お魚さん、安くていいよ
投稿: ちかよ | 2017年4月23日 (日) 08時34分
ちかよ様
淡水釣りはほとんどしたことがありません。海釣り専門でした。
海はなにが釣れるかわからないところが面白いです。
知らずに毒針のある魚に刺されてひどい目に遭ったことがあります。
それから魚類図鑑を見るようになりました。
知っている魚はみな美味しそうに見えます。
水族館も大好きです。
投稿: OKCHAN | 2017年4月23日 (日) 14時26分