とりとめもなく
夜明け前の四時頃雨音で目を覚ます。やや強い降り方だが、いつから降っていたのだろうか。音楽を聴きながら数独パズルをする。
寝起きで頭の働きが悪いので、難解版ではなく、中上級版を開く。これだとたいていストレスなく10分前後で解ける。不思議なことだが、そんな中にもなんどもまちがえてしまう問題がある。最後に矛盾が出てしまい、解けなくなる。途中までスイスイと解けているのだから難問ではないはずなのに、繰り返しまちがえるのは何かこちらの盲点にはまるところがあるのかもしれない。
生きていると解決しなければならない大小さまざまな問題が生じるもので、簡単だと思っていたことが隘路にはまってこじれることがあり、難しいと思っていたことが案外すらすらと片付いたりする。
たぶん問題のポイントが上手くつかめてそれに対処できたかどうかによって違いが出るのだろう。問題はあまりそれにどっぷりはまりすぎるとポイントを見失って、そもそも何が問題だったのかさえ分からなくなったりする。松居一代を見れば分かる。
いままでテレビをつけっぱなしにしていたけれど、昨日から見るものがなければこまめに消すようにした。それだけでずいぶん静かである。バラエティニュースの雑音にずいぶんと影響されていたかも知れない。そのようなバラエティニュースから扇動的なことを篩(ふるい)にかけて本質的なことをつかみ取るのも面白いと思っていたけれど、そのような頭のお遊びよりも悪影響の方が大きかったかも知れない。
とはいえまだ一日足らずのことで、いまにまたテレビがつけっぱなしになっているかも知れない。小人は閑居すると無駄なことをするし、ときにしない方がいいことまで始めるものだ。
外は暑いし、遠出をしてもいまは夏休みでどこも人出が多いことだろう。ふだん一人で好き放題にしているから人混みが苦手になった。出かけるための敷居がだんだん高くなる。それなのに人恋しいときもある。まことに勝手なものである。


詳しくは知りませんが松居一代の異様なほどの行動と、すぐに「差別」とレッテル貼りをする人たちとは同じ臭いを感じます。あえて自分の世界しか見てないのか見えてないのか・・・・。
よく考えれば、右左関係なく多くいる気がしてきました。
投稿: けんこう館 | 2017年7月27日 (木) 09時24分
けんこう館様
世の中のことを白か黒かに単純化して、深く考えることを放棄しているのでしょう。
レッテル張りとはそういうことだと思います。
世のなかはそんなに分かりやすいものではありません。
それにそうでなければ面白くありません。
投稿: OKCHAN | 2017年7月27日 (木) 10時22分