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2017年8月16日 (水)

無責任

 リーダーはチームの責任を負う。責任者はその責任を引き受けることで権限も与えられている。

 昨日の終戦記念日に、NHKがインパール作戦を特集していた。いつもブログを拝見している方々の中にもこの番組について言及されている方が見受けられた。それぞれのご意見についておおむね賛同する。

 日本は国家として戦争責任者を裁くことをしなかった。連合国による東京裁判というかたちで戦犯を特定し、彼等の罪で戦争が起こった、彼等が悪くて国民は悪くなかったというかたちで収めてしまったから、本当の日本人自身による戦争の反省はなされていない。

 それがゆがんだかたちで顕れているのが自虐史観なのではないかと思う。特にA新聞をはじめとする大手新聞社は、戦争へ国民を煽り立てる役割を担っていたのに、それについての反省を私はあまり見聞きしていない。何しろ戦犯が悪い、そして国家が悪かったという論法で自らの責任をあきらかにせずに口を拭ったままである。

 その姿は、あの慰安婦問題についての誤報を指摘され続けても抗弁し続けて、30年も過ぎてからようやく自らの非を認めざるを得なくなった姿に重なる。戦争反対を叫びながら、明日また戦争に国民を煽らないという保証はない。

 インパール作戦が如何に無謀で兵士の命をないがしろにした作戦であったのか。それは番組でも報じられていたように、補給をまったく想定せず、敵の武器や食糧を奪って補給せよなどという命令に顕れている。各方面軍の師団長が敗勢必死で作戦の遂行は不可能と報じてきているのにインパール作戦を遂行した総責任者である牟田口中将はそれを弱腰であるとして罵倒して、つぎつぎに師団長の首をすげ替えた。

 当初三週間の予定の作戦が頓挫したのに作戦中止の指令が出たのは四ヶ月も過ぎてからであり、泥濘のジャングルのなかを食糧もなく、マラリヤや赤痢にかかってつぎつぎに兵士は死んでいった。驚くべきことに戦闘で死んだ兵士よりも病死や餓死の兵士の方がずっと多いという惨状だった。

 番組が牟田口中将ばかりに作戦の責任を負わせているという指摘をしている方もあったが、私の見る限りでは当時の東条英機以下のトップも含めての司令部全体の精神論の横行する無責任さもきちんと言及していたように思う。

 ただ、あのときに牟田口中将のすぐ側にいた斉藤中尉という人の
残した克明な手記がインパールの実態を明らかにしているとして、番組はそのことにウエイトを置いていたので、日本軍そのものの問題について突っ込み不足だという指摘になったものと思う。

 この番組を息子と二人で観た。ラストに斉藤小尉が生存していることが明かされ、自分の手記を見ながら過去を思い、感極まって絶句している姿が強烈にこちらの胸に迫ってきた。

 息子に「戦争反対を謳うなら、このような番組こそが必要だろうな」と語った。インパール作戦とガダルカナルの惨状については、学生時代から知っておくべき戦史だと思っていたので、いろいろな作家のいろいろな立場の文書で繰り返し読んだ記憶がある。そこで学んだ自分の記憶していることを息子に話したけれど、そういう意味では終戦記念日にふさわしい夜になった。

 日本のトップの無責任体質は牟田口中将に象徴されるけれど、それは原発事故の時の東京電力のトップや、東芝、三洋電機のトップの姿にそのままつながっているような気がする。原発事故の時の菅直人首相や枝野氏の時々刻々変わる言動にもそれを見たと私は思っている。日本が日中戦争、太平洋戦争を真に総括できないままであることが日本のトップの無責任体制を生み出しているという点は間違いない事実であると考える。

 当たり前のことだが、責任者は責任をとらなければ責任者ではないのである。

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コメント

こんばんは。

 インパール作戦、見ていました。衛生兵だったと云う親父から聞いていた話を俯瞰していて、感慨深いものがありました。高野山での毎年の慰霊祭も、第二野戦病院の方々は、中央のとは別に催されていました。しかしそれも、近年、合同されてしまったそうです。

南太郎様
お父上が生き残ったのは僥倖であり、生命力の強さがあったということでしょう。
お父上は生きる、ということへ、レベルの違う強い実感をお持ちになったことと思います。
私の父は中国大陸で転戦していたようですが、戦時中の話はほとんどしませんでした。
晩年にようやくわずかな生き残りの戦友と交遊していました。

おはようございます。
私もこの番組は拝見いたしました。
OKCHAN様の論に賛同いたします。
小さいことで恐縮ですが、確か斎藤氏は中尉ではなく少尉だったように記憶していますが、私の方が間違いでしょうか?
しかし、インパールについては様々な本を読ませいていただきましたが、今の東芝や東電などの体たらくを見ると日本は先の戦争を”克服”できてはいませんね・・・。到底”克服”できていません・・・。
ここら辺が日本人や日本の組織の致命的な欠陥だと思います。
では、
shinzei拝

shinzei様
記憶違いは私の方でしたので記事を訂正しました。
ご指摘ありがとうございました。
責任をとらないトップというのがまかり通るのが日本の組織にしばしば見られる欠陥で、shinzeiさんのご意見には全く同感です。
責任逃れ、そして先送り体質のためにどれだけの損失をもたらしているでしょうか。
日本ではその責任を追及しない甘さがあるからでしょう。
たとえば原発事故のあいまいな処理などには怒りを禁じ得ません。

ヘイワを唱え反日を叫んでる人達と戦前の上層部は思考回路が似てるようです。

けんこう館様
自分の頭で考えずに付和雷同する人たちというのは、おっしゃるように同じ精神構造だと思います。
ただ、昭和時代の軍の上層部というのはエリート中のエリートで、いまの東芝や東京電力のトップと重なるように思います。
頭が良いことと賢いことは必ずしも同じではないようです。
エリートほど保身に走るのはなぜなのでしょう。

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