ジェリー・ルイス死す
ブログを書くときは表題を決めてから書き出す。そうしないととりとめがなくなって何が書きたかったのか分からなくなるからだ。ところが最近はその表題が思い浮かばなくなってきた。浮かぶまで待っているといつまでたっても書き出せない。
書きたいことのかけらがありさえすれば、とりあえず書き出すことにしたらそれなりに書けることに気がついた。ある程度書いてみて、読み返してみると表題らしきものが頭に浮かぶ。最初に表題を決めて書き出したときと比べるとぴったりこないこともあるけれど、一度思い浮かぶと、もうそれ以外が思い浮かばなくなるものだ。
ジェリー・ルイスが死んだ。91歳だったそうだ。子どものとき、東京に住む母方の叔父夫婦の家にときどきひとりで泊まりに行った。そのころは叔父夫婦にはまだ子どもがなかったので、やたらに可愛がられた。ご馳走を食べ、お菓子も食べ放題、星が好きだといえばプラネタリウムを見に行き、映画が好きだといえば映画館に連れて行ってもらった。
そのときにジェリー・ルイスの喜劇映画を見た。小学校五年生だったと思うが、字幕でも別にわずらわしいことはなく、大笑いして観た覚えがある。共演していたのはディーン・マーチンではなくボブ・ホープだったと思う。ボブ・ホープの面白さは分からなかった。ジェリー・ルイスは仕草そのものが面白いけれど、ボブ・ホープはにこりともせず、動きもあまりない。台詞で笑わせているのだろうが、そもそもこちらにはそのジョークが理解できない。
当時のテレビ番組はアメリカ製ドラマの吹き替えが多かったから、いまよりもアメリカ的な感覚が分かりやすかったのかも知れない。いま観たらジェリー・ルイスに笑えるかどうか疑問だ。団塊の世代は、思えばアメリカの文化にどっぷりとはまっていた。
どうしてアメリカなどと戦争したのか知りたくて歴史を学んだ。歴史を学ぶと言うことは日本を知ることであり、日本人である自分を知ることだ。そのことによってアメリカ文化にはまっていた自分を修正した。大げさに言えば価値観の修正である。ベトナム戦争などもアメリカ離れをさせた要因だろうか。
そうしてジェリー・ルイスははるか彼方に遠ざかり、忘却の彼方に去っていた。いま再びその名を聞き、自分の過ごしてきた長い時間のことを思った。
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