美人
顔の造作が整っている人は美しい。出来れば肌もきれいであれば申し分はない。美人は三日見ていると飽きる、などといわれるが、飽きるのは理由があると思う。
あまり整いすぎている美人は冷たく見える。微妙なアンバランスがありながら全体として調和していたりすると魅力が加わる気がする。人の顔が決して左右対称ではないのはじっと見ていると分かることで、真ん中に鏡をおいて右も左もまったく同じだったら、もしかしたら気持ちが悪いかも知れない。韓国の整形美人は、確かに整っているけれど、少し気持ち悪く見えるのもそんな理由だろうか。本来自然であるはずのものが人工的だと違和感を感じるのだろう。
顔のかたちそのものが整っているかどうかは本人の責任ではないが、かたちとして美しい人がそれほど美しく感じられないで、美人ではない人がとても魅力的で美しく見えたりする。これは写真では分かりにくい。
人には表情というものがある。本人の反応が表情として顔に表れる。それが活き活きとしている人は美しい。計算ずくの媚びというのもあるけれど、計算ずくに見えさえしなければそれは魅力である。
若いときには見た目の美しさに目が行って、表情の魅力に気がつきにくかった。いまは活き活きとした表情の女性に美しさを感じる。若いときにそうだったら良かったなあ、と思ったりするが、結果は変わらないだろう。昔も今も見るだけである。
先日『サワコの朝』でギタリストの村治佳織さんの美しさに目を奪われた。彼女のグラビア写真をたびたび見て、美しい人であることは知っていたけれど、映像としてみたのは初めてだ。表情の輝きを感じて本当に美しい人だと思った。
女は愛嬌、などというと矢が飛んでくるかも知れないけれど、どう言われても愛嬌のある女性こそが美人であり、当人にとっても回りの男にとっても幸せであることは揺るがない真実のように思う。
それは松居一代や泰葉を例に出すまでもあるまい。
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